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 人生はうまくいくに決まっとる
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自分で幸せを選ぶとき、あなたの周りで起きている全ての出来事が幸せな出来事となります。
 
『幸せはいつも自分の心が決める』mixiの中で好きなコミュニティーの一つです。その中から抜粋して朗読させて頂いているものもあります。
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日本の女子留学生

2010/11/15 19:04



終戦から間もない頃、ニューヨークに一人の女子留学生がいました。
体調が思わしくないので診療所で診察してもらうと、重度の結核で早く入院しないと命が危ない状態でした。
そして、設備が整っているロサンジェルス近郊のモンロビア病院に行くように言われたのです。

しかし当時、ニューヨークからロスまでは大陸横断鉄道で5日間かかります。
彼女はそんな長距離を旅するお金なんかありませんでした。
でも死ぬよりはましだと、彼女は恥をしのんで事情を留学生仲間に打ち明けとところ、友人達は快く列車代をカンパしてくれました。
しかし、食料も5日分必要なのにやっと集められたのが3日分でした。
3日目の夕方、とうとう食べるものが無くなり、最後のお金で車掌さんにジュースを頼みます。


車掌さんは彼女が重病である事に気づき「ジュースは私のおごり」だと彼女に渡します。
翌日、これは食堂車からのプレゼントだと言って「サンドイッチとジュース」
を彼女の為に持ってきてくれました。


それだけではありません。
鉄道省の本部に電報を打って、彼女の為に停まる筈のないモンロビアに停車するように、必死に懇願しました。


その熱意が通じました。


4日目の夕方、車内放送で「明日の朝、停まるのはロサンジェルスではありません。
「重病の日本人の留学生の為にモンロビアに臨時停車します」と放送されると車内中が歓声に沸いたそうです。

翌朝、モンロビアに着くと、そこには既に車椅子を用意した数人の看護士さんが待機していました。
そして後ろを振り返ると、窓という窓が開けられて、乗客が身を乗り出して何かを投げています。


それは何かというとドル紙幣に名刺やメモを巻きつけたものでした。

「少ないけど何かの足しにしなさい」
「困った事があったら、私を頼って来なさい」
「あなたが早く良くなるようにこの列車の全員が祈っているから大丈夫だ」
という暖かい言葉とともにそれが舞って来ました。


彼女はすぐ近くに止まっているはずの列車が、もう涙で見えなくなってしまいました。

それから彼女はすぐ治療を受けましたが、退院まで3年間かかりました。
その間、毎週のように見舞い客が来てくれましたが、それもあのときの列車の乗客でした。

そして、3年間の入院を終えて莫大な入院費を払おうとしたら、
すでに匿名でお金持ちの人がすべて支払ったあとだったのです。

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バシャールの本より抜粋

2010/11/15 18:55



個人というのは、一人一人が宝石の一面をなしているようなものです。
宝石の全体というのはすべての創造されたもののことです。
恐れを信じる人は、自分の人生も恐れに満ちたものになります。
愛と光だけを信じる人は、人生の中で愛と光しか体験しません。

自分が体験する物理的な現象というのは、あなたが何を信じるかによって決まります。
というのは、物理的な現実というのは幻想だからです。
あなたが信じていることが創り出した幻想なのです。
幻想というのは、あなたがその中にいるうちは、それはれっきとした現実なのです。
それ ぞれ意識の隔離というのをお互いの間で作ってきました。

日常の意識と、その下の潜在意識と言うもの。
またその下には無意識というものがありますが、この3 つの意識のレベルというのも幻想なのです。
ひとつの意識しかありません。

今生きているところに生きる、ということから始めてください。
現在に生きることです。これは大切なことです。
過去や未来に生きようとすると、今必要な情報を見つけようと思っても、
今現在、ここにいないということになりますので、手に入りません。

一番必要なことは何かということを思い出すためには、100パーセント信頼することです。
今現在やっていることを信頼することです。
今の生活をそのまま続けていれば、この生活に必要なものはすべて、必要なときに知ることができます。

一瞬後に情報が来るときもありますが、必要な時、まさにまさにそのときに答えが来ます。
情報が来る時は本当に必要なその時にやってくるのです。
タイミングは完璧にできています。
それを早くすることができないということではありません。

必要なものが、早く来るようにする方法は、今現在に生きることです。
ネガティブな行動とは、「分離してしまう行動」です。
部分部分にしてしまうような行動をいいます。

ポジティブ(肯定的)な行動とは、「統合する行動」です。
統合する、統一するそういうことです。
ポジティブエネルギー、ネガティブエネルギーという言葉を使います。

正しいとか間違っているとか、邪悪であるというような言葉ではなくて。
いいとか、悪いとかいうのは主観的な価値判断だからです。
どのようなエネルギーが使われているかで、言い表します。

例えば、ポジティブなことをしている個人が悪いことをしてると考える かもしれません。
あるいはネガティブな行動をしている人が正しいことをしていると思うかもしれません。
正しいとか悪いとかいうことは、ネガティブなエネル ギーを使っているか、
ポジティブなエネルギーを使っているかの説明にはなりません。
ネガティブというのはいつも隔離して、分離して、部分部分に分かれてしまう行動のことです。
それはパワーを取り除いてしまうことです。

ポジティブというのはパワーをひとつに集めること、統合すること、そういう創造的なエネルギーをひとつにすることです。
進化を遂げるために気づかなければいけないこと、達成しなければいけないこと、それは自分の人生の訓練。

充実したすべての部分です。そして自分の愛が完全であることです。
たくさんの人が自分の人生の目的を探しているといいます。

皆さんの人生の基本的な目的というのは非常に簡単に理解できます。
今まで何回か生まれ変わっているかもしれません。でも今回の人生は今回だけです。
今回の人生の目的、基本的な目的というのは





「自分自身を、充分に生きる」ということです。
今回のあなたは今までもありませんでしたし、これからもありません。今回は今だけです。

100%自分になるということは次のようなことです。
インテグリィティーをもって、つまり統一性をもって自分が一番興奮することをやることです。

常に興奮する気持ちです。

定義付けします。「ワクワクする気持ちとは、肉体を通して翻訳されて伝わる言葉、メッセージ」なんです。
どういう言葉かというと、「自分の選んだ道をちゃんと進んでいるかどうか」それを教えてくれる翻訳された言葉なんです。

byバシャール


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-現代経営学の父ピーター・ドラッカー氏享年95歳-

2009/11/25 17:00



「もう一度人生をやり直せるなら・・・・

今度はもっと間違いをおかそう。

もっと寛ぎ、もっと肩の力を抜こう。

絶対にこんなに完璧な人間ではなく、

もっと、もっと、愚かな人間になろう。


この世には、実際、それほど真剣に思い煩うことなど殆ど無いのだ。


もっと馬鹿になろう、もっと騒ごう、もっと不衛生に生きよう。

もっとたくさんのチャンスをつかみ、

行ったことのない場所にももっともっとたくさん行こう。


もっとたくさんアイスクリームを食べ、

お酒を飲み、豆はそんなに食べないでおこう。

もっと本当の厄介ごとを抱え込み、

頭の中だけで想像する厄介ごとは出来る限り減らそう。



もう一度最初から人生をやり直せるなら、


春はもっと早くから裸足になり、


秋はもっと遅くまで裸足でいよう。


もっとたくさん冒険をし、


もっとたくさんのメリーゴーランドに乗り、


もっとたくさんの夕日を見て、


もっとたくさんの子供たちと真剣に遊ぼう。


もう一度人生をやり直せるなら・・・・


だが、見ての通り、私はもうやり直しがきかない。


私たちは人生をあまりに厳格に考えすぎていないか?


自分に規制をひき、他人の目を気にして、


起こりもしない未来を思い煩ってはクヨクヨ悩んだり、


構えたり、


落ち込んだり ・・・・


もっとリラックスしよう、


もっとシンプルに生きよう、


たまには馬鹿になったり、無鉄砲な事をして、


人生に潤いや活気、情熱や楽しさを取り戻そう。



人生は完璧にはいかない、だからこそ、生きがいがある。 」


-現代経営学の父ピーター・ドラッカー氏享年95歳-


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頑張り論

2009/11/25 16:58



頑張り論って知ってますか?

頑張ったら頑張った分だけ、いつかガッツポーズすることができるという理論。

人は、生まれたときから貯金箱を持っているようです。貯金として貯めるのは努力、買うのは結果です。

最初から貯金が多い人がいます。いわゆる、天才肌ですね。

しかし、いくら天才肌でも、努力の貯金が底をつきればそれ以上は大きくなれません。

努力は貯めれば貯めるほど、人生ショップ地球店(!?)で大きな結果を買うことができます。

ただし、この努力の貯金……やっかいなのは、自分で使うタイミングが選べないこと。

神様、仏様、俺様、姫様……何様だかは分かりませんが、
夫さんのお小遣いを管理する奥様のような何かが、あなたの貯金箱の管理をしてくれているようです。

ですから、そら結果を買いたい、というときに買えないことも多いかと思います。

努力をそのまま結果に換金したいのに、という願いが叶わないことも、また然り。

でも大丈夫です。ちゃんとあなたの努力は貯まっています。

結果がいつ買えるかは分かりませんが、努力をしない人に努力をした人が人生全体で負けるはずがありません!

ですから、たくさん努力をして下さいね。

今頑張っていること、絶対にやめないで下さい。

これからやりたいこと、ぜひぜひ頑張ってみて下さい。

昔諦めたこと、もう一度努力してみてはいかがでしょう。

そして、いつかきっと、あなたが幸せになれることを誓います。



−「宛名のないメール」より−

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この世で一番の奇跡

2009/11/25 16:57



この世で一番の奇跡はなんだと思いますか…?

考えてみて下さい

思いつきましたか?


この世で一番の奇跡…

それは、

あなたです!!!


あなたが生まれてきたこと、これ以上の奇跡はありません。

考えてみて下さい。


私が生まれてくるには、両親が必要で。その両親にも両親が必要で。


さらに、両親を引き会わせてくれた人たちも必要で。その人たちにも両親が必要で。

さらにさらに、両親に

「こんな人と結婚したい」

と価値観を与えてくれた、友達も必要で。その友達にも両親が必要で。

この中の一人でもいなかったら私は生まれてきていません。


さらに‘今’日本という国に生まれ生きてる。



こんなふうに考えてたら、わけ分かりませんよね?


私が生まれてきた確率を考えたら、天文学のレベルなんて軽く超えてしまいます


どこで誰と繋がってるかなんて分かりません

たくさんの人が、私の為に奇跡を起こしてくれている。


なんてありがたい。



反対に私たちも、奇跡を起こしてます。


友達の恋を応援して支えて、その友達が新たな奇跡を生む手伝いをしていたり。

友達にいい影響を与えて、価値観を作る手伝いをしていたり。



生きてるだけで、奇跡を起こす手伝いをしてるんです


こんなふうに考えたら、たくさんの人に支えて貰って生かされてること、

たくさんの人を支えて生きてることに‘幸せ’を感じませんか…?


どうしても許せない人、許したくなりませんか?

もしかしたらどこかで奇跡を起こす手伝いをしてくれてるかもしれない。


今、隣にいる知らない人でもなんだか自分と繋がってる気がして、親近感抱きたくなりませんか?


自分にはたくさん支えてくれてる人がいると思えて、生きていくのが楽しくなりませんか?

人生は楽しく考えた方が、幸せだと思います!

みなさん、

生まれてきてくれて、ありがとう♪

この世で一番の奇跡を、一緒に大切にしましょう♪
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僕たちはできない理由を考える

2009/11/25 16:56



僕たちはできない理由を考える。


何かをはじめるとき。

誰かに想いを伝えるとき。

リスクがあるとき。

自分がつくった限界をこえたとき。

夢を叶えようとするとき。

僕たちはできない理由を考える。


お金がないから。

時間がないから。

  嫌われたくないから。

  自分は小さい人間だから。

  才能がないから。

  消極的だから。


できない理由は、そっくりそのままできる理由になる。


お金を稼げば。

時間を創れば

嫌われない人になれば。

自分が成長すれば。

自分が努力すれば。

もっと積極的になれば。

僕たちはできる理由を考える。

なにかに恐怖したとき、起こりうる最悪の結果を書き出してみる。


な〜んだ。

たいしたことないなと気づく。


死にはしない。

行動してみるともっとたいしたことない。

人生は暇潰しと思うといい。


冒険したほうが、より遠くまでいけたほうが、迷って遠回りになっても、その場に立ち止まるよりずっと楽しいよ。

最近思ったことでした。

いろんなことを教えてもらうなかで、こう想ったらどこまでも行けそうかなって。

最初は一人でしていた冒険も今ではたくさんの仲間がいる。


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『紀香魂』(藤原紀香)より

2009/11/25 16:55



『紀香魂』(藤原紀香)より、抜粋してご紹介させて頂きます。
 
インドで、ある一人のお坊様との出会いがあった。
 
 中村行明さんという、お坊様たちからも尊敬されている32年間インドに住んでいるお方。

 彼は、スマトラ沖の地震の時もすぐに現地に飛んで、お経を読んだり、困っている人に施しをしたり、世界中を飛び回っているような人。故マザー・テレサさんとも交流があった。
 
 偉い方なのに、腰が低くて、いつもニコニコ笑顔で、それでいて、言うことに説得力がある。

 すごく勉強になったのは、魂のことやスピリチュアルなことだ。彼にとっては普通のことなのだろうけど、私は興味津津でいろいろと質問を浴びせかけてしまった。


「天国、あ、仏教でいえば極楽浄土って本当にあるんでしょうか?」

「ありますよ。でも、ほとんどの人が行くことができません。本当にこの世で大変な修行をしたり、人のために、いろんなことをしないと極楽浄土には行けません。」

「え?でも中村さんみたいにすごい修行をされて、世界のためにいろんなことをしてる人だったら行けるのでしょう?」

「僕でも行けません」

「中村さんで行けないのだったら、ほとんどの人は行けないですね」

 彼は笑って「はい」と答え、「じゃあ行けない人たちはどうなるの?」と聞くと、

「次のお腹を探すんですよ」

 人は、生き返るために死んでから49日以内に次のお腹を探す。天国ではなくて、また次の肉体を探して世の中のために生きていくというのだ。まさに目からウロコだった。


 今、出会っている人たちは来世でも会うものだもおっしゃった。会わない人とは一生会わない。それが人のご縁というものだそうだ。もちろん関係性は今とは違うらしい。友人、両親、恋人、兄弟、師弟、自分を成長させるためのいいライバルなど。

 また、「人に何かをしてあげたことは必ず返ってくる」とよく言うけれど、その関係性はプラスマイナスになっているのだという。

 例えば、ものすごく今世であなたのことを好きだと言ってくれてる人がいて、でもどうしてもその人の気持ちに応えられず「ごめんね」と何度も断っているとする。するとそれは、前世であなたのことが好きでしょうがなかったのに何回も振られた人だと。その逆もある。

 前世は1回ではなく、何度もあり、肉体は滅びても魂だけはいろんな人生を生きているという。でもどこかでプラスマイナスゼロになっていて、もし前世で悪いことをしていたら、今世で自分もそういう目に遭うなど”因果応報”全部そんなふうになっているという。


 こんな話もあった。

「今この世に必要なのに、なんであの人こんなに早く死んじゃったの?っていう人がいますけど、どうしてなんでしょうか?」

 私はずっとそれが分からなかった。今、この世に必要な人なのに、「どうしてあの人が」とか「なんであんないい人が」とか「世界のためにこれから何かする人が」亡くなってしまうのだろうと。

 故ダイアナ妃もそうだ。私は彼女のことが大好きだったからニュースを聞いたとき、とても悲しかった。彼女の笑顔を思い出して「神様って本当はいないのかな?なんで今、彼女が死んじゃうの?」と。

 すると彼の答えはこうだった。


「次の世界にすぐ必要だからですよ」


 世紀末があると言われていたり、ものすごい戦争が起こったり、




未来に大変なことが起こると言われている世の中だから、その危機から人々を救うためや、そのときに人のために何かをするために。次の世界に、働き盛りの2、30代に生まれるために、今”死ぬ”のだそうだ。
 

 すでに今の世界では他にそれをできる人がいるから、今死んで、すぐ次のお腹を探し当てて、違う人物か何かになってどこかで生まれているのだいう。だから故ダイアナ妃ももうどこかで生まれているかもしれない。肉体はまったく変わって記憶もなくなるけれど、魂は一緒なんだそうだ。(ただし、自殺はいけないと。どんな理由であれ、授かった命を自分で絶つと、一生魂はさまよい、生まれ変われないそうだ)。
 

 そして、私達がまだ天に召されないのは、この世に、他の誰でもない自分がやらなければいけないことがあるからなのだ!それが使命だ。世界にかかわる大きなことだけが使命ではない。隣にいる誰かを幸せにすることも使命なのだ。
 

「ああ、だから私達は生きてるんだ」


インドですばらしい出会いをした私。

インドに呼ばれた意味がわかった気がした。

この出会いに感謝である。



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学校の教師をされているYさんに起こった気づき体験です

2009/11/25 09:39
学校の教師をされているYさんに起こった気づき体験です




2002年3月1日

人生を大きく変える出来事がありました。

それはスキー場で転んで、首の骨を折ったことです。

救急車で病院へ運ばれました。

このとき、お医者さんは奥さんに たぶん寝たきりか車いすの生活になるでしょうと…
手術は成功しました。

しかし、一週間経っても手足はまったく動きませんでした。

のどには管が入り、しゃべることもできませんでした。

毎日 どうやったら死ねるか…そればかり考えていました…

手足の動かない私が 死ねる方法… それは舌を噛むことでした…

舌を噛みました でも 痛くて途中でやめました。 死ねませんでした…


本当は 生きていたかった…

でも 生き方がわからなかった…


そんな私に 生きる勇気を与えてくれた人

『何があっても ずーっと一緒にいるから…』 
--奥さんの言葉

『代われるものなら、代わってあげたい』
--お母さん

『先生、待ってるから…』
--仲間と生徒たちの言葉

[ 事故で死んだ教え子の存在 ] [ 病気で死んだ友達の存在 ]


『優しさ』と『強さ』を もらったときでした…

一人じゃないって… 生きなきゃって…


助けてって言っていいんだって…気がつきました

動けなくても 「花」のように 生きる事は できるかもしれない…

いつも「笑顔」でいると決めた。

どんなことにも「ありがとう」を言おうと決めました。


そうしたら…手足が動き始めてくれたんです

そして、必ず 学校へ戻ると決めました


しゃべれる喜び 立ち上がれ 歩ける喜び

字が書け おはしが使える喜び


当たり前だと思っていたことに 「幸せ」と「感謝」を見つけました・・・

ケガから4ヶ月後 学校へ戻れました

学校へ戻るときに決めたことがあります


口は人を励ます言葉や感謝の言葉を言うために使おう・・・

耳は人の言葉を最後まで聴いてあげるために使おう・・・

目は人のよいところを見るために使おう・・・

手足は人を助けるために使おう・・・

心は人の痛みがわかるために使おう・・・

私を助けてくれた人たちが してくれたことを今度は私がしよう・・・


実は首の骨を折ったあとお医者さんから

赤ちゃんができないかも知れません…って言われました

でも奇跡が起きました

2004年7月5日息子が誕生しました

息子が生まれてきてくれて改めて感じたことがあります

子どもはいてくれるだけで人を幸せにしてくれている

転んでも 転んでも あきらめないで

何度も立ち上がって歩いてくれた

そして 笑顔は人を幸せな気持ちにしてくれている…

そうなんだ

人は生まれたときから 人を喜ばせる存在で

苦しいことがあっても乗り越えられる力を 持っている。

生まれたときから 持っている力を

もう一度人のために 使おうと決めました。

それと

私は首の骨を折って 「大失敗」をしました。

一度は 辛くて、苦しくて生きることを終わりにしようと思った。

でも みんなのおかげで 生きることをやめずに

幸せになる努力を 続けてこれました。


君たちも これから 何度も失敗をして辛い思いや悲しい思いを することがあると思う

でもね、失敗は 悪いものではなく夢にまた一歩近づき 成長した証拠なんだ。

「失敗」の反対の言葉は 「成功」ではなく人のせいや言い訳をして

「何もしなくなること」失敗しても 自分を信じて自分で楽しく生きる努力を続けてほしい


決して 一人じゃないから応援してくれる人は 必ずいるから

そして強い気持ちの夢は 必ず叶うから

笑顔とありがとうを たくさん言って みんなで楽しく 生活しようね。

*・゜゜・*:.。..。.:*・゜・*:.。. .。.:*・゜゜・**・゜゜・*


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悟りの八百屋

2009/11/25 09:26



京都に密かに「悟りの八百屋」と呼ばれる伝説的な八百屋さんがあるらしい

ここのお店は美味しい無農薬野菜を取り扱っていて、日本中から究極の野菜を買いに
多くの人が集まったり世界中からもわざわざやって来るほどだそうです。

そこのご主人のお話がぶっ飛んでいて、世界を変える秘密は、何と…
マヨネーズを作る秘密と一緒だと言うのです

*・゜゜・*:.。..。.:*・゜・*:.。. .。.:*・゜゜・**・゜゜・*  

 マヨネーズはどうやって作るか知っているか? そもそも何が必要?

 そう!マヨネーズは「卵」と「油」をひたすらかき混ぜて作る。

 だが 水と油を混ぜるようなものだからそう簡単には混ざらない。


 そのためにわずかな「酢」を入れるのだが・・・

 それでもやっぱり手間と時間がかかる。

 だか、しかしそこにある意外なモノを入れるだけで一瞬でマヨネーズに変わってしまう。


 さぁ、君なら何を入れる?

 一瞬で変えてしまう正体は何だと思う?

 それは・・・

     「 マヨネーズ 」

 そう!混ぜている「卵」、「油」、「酢」に一滴だけ(ピュアな)マヨネーズを入れる。

 その瞬間に、全体がマヨネーズに変わる。


 圧倒的に手間も時間もかからない。


 社会原理や経済原則では大が小を兼ねる。

 大きいモノが小さいモノを支配する。

 それが世の中の常識。

 なのに・・・

 マヨネーズは小さい力が大きな力を

 そう!わずか一滴が全体を変えるんだ!


 これこそが、真実の一滴。

 世界は一滴で変わる。宇宙も一滴で変わる。

 もし世界を変えたいのなら自分がその一滴になること。


 何も難しくない! とってもシンプルだ!


 想いを込めて家族を愛すること 感謝を込めて目の前の人に尽くすこと

 愛念を込めて働くこと、生きること


 それだけで周りは変わり それだけで世界も変わる。

 そのための一滴であるためには 「澄み切ること」ただそれだけが唯一の条件だ。


 あとは 今にその一滴をぶちこめ!!!

 君がすることは ただそれだけでいい!

 それだけで世界は変わるから。

*・゜゜・*:.。..。.:*・゜・*:.。. .。.:*・゜゜・**・゜゜・*


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─NTT西日本コミュニケーション大賞第6回グランプリ受賞作品電話部門─

2009/11/25 09:15
─NTT西日本コミュニケーション大賞第6回グランプリ受賞作品電話部門─




私が結婚を母に報告した時、ありったけの祝福の言葉を言い終わった母は、私の手を握りまっすぐ目を見つめてこう言った。

「私にとって、澪は本当の娘だからね」

ドキリとした。

母と私の血がつながっていない事は、父が再婚してからの18年間、互いに触れて居なかった。
再婚当初幼かった私にとって『母』の記憶は『今の母』だけで、『義理』という意識は私にはなかった。
けれど、やはり戸籍上私は『養子』で、母にとって私は父と前妻の子なので、母が私のことをどう考えている     のか分からなかった。

気になってはいてもそのことを口に出した途端、互いがそれを意識してちぐはぐな関係になってしまいそうで、
聞き出す勇気は私にはなかった。

だから、母の突然でまっすぐな言葉に私は驚き、すぐに何かをいう事ができなかったのだ。

母は私の返事を待たずに「今日の晩御飯、張り切らなくちゃだめね」と言い台所に向かった。

私はその後ろ姿を見て、タイミングを逃したことに気が付いた。

そして、「私もだよ、お母さん」すぐそう言えば良かったと後悔した。

結婚当日、母はいつも通りの母だった。対する私は、言いそびれた言葉をいつ言うべきかを考えていて、
少しよそよそしかった。

式は順調に進み、ボロボロ泣いている父の横にいる、母のスピーチとなった。

母は何かを準備していたらしく、司会者の人にマイクを通さず何かを喋り、マイクを通して「お願いします」
と言った。

すると母は喋っていないのに、会場のスピーカーから誰かの声が聞こえた。

「もしもし、お母さん。看護婦さんがテレホンカードでしてくれたの。お母さんに会いたい。お母さんどこ?
澪を迎えにきて。澪ね、今日お母さんが来ると思って折り紙をね…」

そこで声はピーっという音に遮られた。
「以上の録音を消去する場合は9を…」

と式場に響く中、私の頭の中に昔の記憶が流水のごとくなだれ込んできた。

車にはねられ、軽く頭を縫った小学校2年生の私。
病院に数週間入院することになり、母に会えなくて、夜も怖くて泣いていた私。
看護婦さんに駄々をこねて、病院内の公衆電話から自宅に電話してもらった私。

この電話の後、面会時間ギリギリ頃に母が息を切らして会いに来てくれた。

シーンと静まりかえる式場で、母は私が結婚報告したのを聞いた時と同じ表情で、
まっすぐ前を見つめながら話し始めた。

「私が夫と結婚を決めたとき、互いの両親から大反対されました。すでに夫には2歳の娘がいたからです」
「それでも私たちは結婚をしました」
「娘が7歳になり、わたしはこのままこの子の母としてやっていける。そう確信し自信をつけた時、




  油断が生まれてしまいました。私の不注意で娘は事故にあい、入院することになってしまったのです」

あの事故は、母と一緒に居る時に私が勝手に道路に飛び出しただけで、決して母のせいではなかった。

「私は自分を責めました」

「そしてこんな母親失格の私が、娘のそばにいてはいけないと思うようになり、娘の病院に段々足を運ばなくなっ  ていったのです。今思えば、逆の行動をとるべきですよね」

そこで母は少し笑い、目を下におとして続けた。

「そんな時、パートから帰った私を待っていたのは、娘からのこの留守番電話のメッセージでした」
「私は、『もしもし、お母さん』。このセリフを何度もリピートして聞きました。その言葉は、
母として側にいても良い、娘がそう言ってくれているような気がしたのです」

初めて見る母の泣き顔は、ぼやけてはっきりと見えなかった。

「ありがとう、澪」

隣にいる父は、少しポカンとしながらも、泣きながら母を見ていた。
きっと、母がそんな事を考えているなんて知らなかったのだろう。私も知らなかった。

司会者が私にマイクを渡した。
事故は母が悪いわけじゃないことなど、言いたいことはたくさんあったけれど、泣き声で苦しい私は、
言いそびれた一番大事な言葉だけを伝えた。

「私もだよ、お母さん。ありがとう」
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和尚ラジニーシ

2009/10/27 10:32
和尚ラジニーシは言う

どの子供も持ちうる限り多くの愛と共に、持ちうる以上の愛と共に、あふれ出す愛と共に生まれる。
子供は愛として生まれる。子供は愛という原料で作られている。

しかし、その親たちは愛を与えることができない。親たちには彼ら自信の経験の残りかすがある・・・
彼らの親たちは彼らを決して愛さなかった。、親達はフリをすることができるだけだ。

彼らは愛を話すことができる「私たちはとてもお前を愛している」と言うことはできる。だが、彼らのすることは何であれ、とても愛のないものだ。

子供に対する彼らの振舞い方は、扱い方はとても侮蔑的だ。そこにはどんな敬意もない。子供を尊敬する親はいない。。子供は一人の人間だとは想われていない。

もし、静かにしていれば彼は良い子だ。金切り声を上げる子でなければ・・・良い子だ。単に親たちの邪魔をしなければ良い子だ。それが子供のあるべき姿だ。

親達は愛とは何かを知らないからだ。母親は夫を愛したことがないし、、夫は妻を愛したことがない。愛はそこには存在しない。そこには、支配、所有欲、嫉妬、そしてあらゆる種類の毒があり、それが愛を破壊する

愛はとても壊れやすい花だ。それは守られなければならない。強められなければならない。水を与えられなければならない。そのときだけ愛は強くなる。

子供の愛はとても壊れやすい・・・当然だ、子供は壊れやすいからだ

愛は ほっておかれている。親達は愛することができない。彼らは愛とは何かを知らない。

彼らは、正に貴方が被害者であると同じように被害者だ・・・彼ら自身の親たちも同じだった。

そして、それがどこまでも続いてゆく・・・アダムとイブと、そして父なる神へとさかのぼることができる



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思いやり

2009/07/02 18:18



その日は母の誕生日で、私はプレゼントを買いました。
帰りの切符を買えるだけのお金を残して。
家から大学に通う私は、バイトもできずにいたのでいつも所持金はギリギリにしていました。

早くプレゼントを渡したくて、駅についた電車に飛び乗ると車掌さんが、
「特急券はお持ちですか?」

と聞きました。

私は、帰りの切符のみしか買っていなく、お金もなかったので伝えると、
車掌さんは明らかに不振がり、「それは無賃乗車だ」「警察に言う」
「鞄にお金がないか探せ」など言われました。


私は翌日に必ず駅にお金を持って行きますと伝え、保険証や学生証、
自分を証明するもの全てを提示しました。

車掌さんはもちろん、周りの乗客は冷たい目で、或いは興味深げに私を見ていて、
本当に恥ずかしくて泣きそうでした。


話が終わり車掌さんが去ったあと、ある一人のおじさんが話しかけてきました。

『さっき車掌さんと話してたけど、何があったのかな?』

私は、状況を説明しました。話を聞いたおじさんは、ポケットから500円玉を出すと
、『はい』と言って私に差し出してくれました。
慌てて「大丈夫です」と断ると、おじさんは笑いながら
『いいんだよ実はあの車掌さんの言い方がきつくて気になってたんだ。
早く、お金がありましたって言って渡しておいで』と私に500円玉を渡してくれました。

「ぜひお礼がしたいので住所を教えて下さいませんか?お金も返します」
と言うと、

『いや、お礼もお金もいらないよ。
今日は僕がたまたま君を助けたけれど、今度は君が誰かを助けてあげて。
そうしていけば、巡り巡っていつか返ってくるかもしれない。
それでいいんだよ。だから、今度は君が困っている人を見つけたら助けてあげてほしい。』

とおじさんは言いました。


私はお礼を言い、車掌さんにお金を渡しました。すると、

「先ほどは失礼しました。厳しい言い方をしてしまって…
仕事上ああするしかありませんでした。申し訳ありません」

私も本当に申し訳ありませんでしたと謝りました。


自分自身この様な体験は初めてですごく恥ずかしがったのですが、
すごく嬉しかったです。

思いやりは巡り巡っていつか自分に返ってくる。
たとえ、返ってこなかったとしてもそれでもいい。人を信じて、人を助けていこう。

おじさんの温かい言葉を胸に秘めて、生きていこうと思いました。
この日は、母の誕生日。私までプレゼントをもらったような、幸せな日になりました。



いい話ですね(T-T)

ほろっと来てしまいました
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サーカス

2009/07/02 01:21



サーカスの入場券を買うために、父と私は長い列に並んで順番を待っていました。

ようやく、私たちの前にいるのは、あと一家族だけとなりました。

私はその家族に強く心を引かれました。

その家族には子どもが8人もいて、
いちばん年上の子どもでも12歳ぐらいにしか見えません。

あまり裕福そうではなく、着ている服も上等とはいえませんが、きれいに洗濯されています。

そして、行儀よく手をつないで、 両親の後ろにきちんと二列に並んでいました。

期待に胸をはずませた子どもたちは、ピエロのこと、象のこと、
そして今から見るいろいろな演技のことを、嬉しそうに話していました。

どうやら、サーカスを見るのはこれが初めてのようです。

子どもたちにとって、今日のサーカスは生涯残る素晴らしい思い出となることでしょう。

子どもたちの前には、両親がとても誇らしげに立っていました。

妻は夫の手をしっかりと握って夫を見上げ、夫も暖かいほほ笑みを浮かべて、
妻を見つめ返していました。

売場の女性が、入場券の枚数をたずねました。

父親は胸を張って答えます。

「子ども8枚と大人2枚ください。 これで家族にサーカスを見せてやれますよ。」

入場券の合計金額が告げられました。

すると、妻は夫の手を離し、黙ってうつむいてしまいました。


夫のくちびるも震えています。

彼は、また聞き返しました。 「...いくらですって?...」


売場の女性は、もう一度答えました。

その父親には、それだけのお金がなかったのです。

サーカスを見るにはお金が足りないということを、
後ろにいる8人の子どもたちに、どうやって告げようというのでしょう。

ことのなりゆきを見ていた私の父は、ズボンのポケットに手を入れました。

そして20ドル札を取り出し、なにげなく落としました。

父は腰をかがめてそのお札を拾い上げ、その前の男の肩を軽くたたいて、こう言いました。

「失礼ですが、ポケットからこれが落ちましたよ。」

その男は、わたしの父が何をしようとしているのか、すぐに察しました。

彼は人からほどこしを受けるような人ではなかったかもしれません。

でも、その時は、 私の父の助けを心から感謝して受け取ったのです。

20ドル札を差し出す父の手を両手でかたく握りしめ、その目をじっと見つめました。

くちびるは震え、ほおには涙が伝わり落ちています。

「ありがとう。ありがとうございます。これで助かります」

父と私は車に戻ると、そのまま家に帰りました。

その晩、私たちはサーカスを見ることはできませんでした。

でも、それでよかったのです。


(ダン・クラーク)
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2009/07/01 04:07



好きだった 本当に好きだった

あの時 本気で好きだった

好きすぎて自分が見えなかったのかもしれない


散々振り回して 自分のことしか考えてなかった

自分が困らせたのに 好きだったのに 相手のせいにした


どうしてこんな事になったの?と責め立てた

自分が嫌な思いをさせているなんて思ってもみなかった


好きなら もっと思いやったら良かったのに

思いやる気持ちなんて忘れてた

優しい気持ちなんて忘れてた


愛は人の心を広げていくのに 反対の事をしていた

そんなことをしていたら嫌われていくのにやめられなかった


全身でぶつかって 結局、関係性を壊していったのは自分

本当の意味で愛すると言うことを

心から感謝出来る深さを 反省できる心を 持っていたら・・・

愛を感じられたのに


気づいた今から ここから もう一度人生をやり直せばいい



もう同じ過ちは繰り返さない

人の心を踏みにじるような事はしない


優しさを 感謝をいつもこころに持っていたい

愛したい 私は人を愛したい


ふつふつと感謝で溢れるように愛したい

今なら出来るかもしれない 今なら・・・


出逢えるかな 大切に思える人が

出逢えるね 

近いうちに きっと




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輝いて

2009/07/01 01:31



心のこもった関わり 人との繋がりを 大事にしたい

いつまでも向上心をもって 自分を高めていたい


いつでも大切な人を引き寄せ

超えたいと思う人と関わりたい


心が震えるような感動を 屈辱を 喜びを 悲しみを

味わって 感じて 乗り越えて 大きくなりたい


冷静な目で見て 冷静な判断をしていきたい


熱い感動を 心からの喜びを 感じたい

輝いて 輝いて 大きくなりたい 

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こころに刻もう

2009/07/01 01:28



ひとつ ひとつの 大切な出来事 大切な時間

無駄なことなんて 何一つない


だからこそ 成長の記録を こころに刻もう


失敗した時間も 喜びの時間も 悲しみの時間も 辛い時間も

すべて こころに刻もう


自分を成長させてくれる 愛の研磨なのだから


全ては 魂の成長のため

関わった人 もの 環境 状況

自分が引き寄せた現実

ひとつづつ こころに刻もう



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強さの源

2009/07/01 01:26



覚悟を決めた生き方 強さの源

自分に恥じない生き方をしたい

後悔しない生き方をしたい


どうせ生きるなら 諦めた生き方をしたくない


やらなかった後悔より やった後の後悔のがいい

行動しない言い訳より 失敗の反省のがいい


じっと心の中で  自分をみつめ

じっと自分の中で 辛抱し


神聖な目で 公正な 誠実な心で 

自分と向き合って生きて生きたい


だれの人生でもない 自分だけの人生を

真剣に 生きていきたい



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優しい時間

2009/07/01 01:16



何時間過ごしたのだろう 

見えなかった時間 見失っていた時間を

ずっと前だけ向いて走り続けた


前だけ向いていたから 自分のことしか見ていなかった

人の優しさ 励ましにさえ耳を傾けずに 走り続けた


大切な人を失い 傷つけ 

それでも 必死に前だけ向いて来た


どこで間違ったのだろう 焦りが出てきて

誰の話にも耳を傾けなかった


聞いていたつもりで 聞いてなんかいなかった

反省も 感謝さえも 出来ない自分になっていた


それが 今になって 自分の愚かさに気づく

一人で生きてきたつもりになって 突っ走っていた


人の繋がりがこんなにも 温かく 優しいものだったと

今になって解る


全ては 自分だった 愚かさも 冷たさも 何もかも

自分から発信していた


優しさに満ち溢れたものに 変えてみよう

今から ここから スタートしてみよう

優しい時間を 作っていこう 作り出そう

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雪柳

2009/06/29 14:49



雪柳は「雪」であり「花」だった。

「冬」であり「春」だった。

白という光の中に、春と冬が溶け込んでいた。
まるで、希望と苦悩が渾然一体になっている青春時代のように。

青春は、苦しい。悩みばかりだ。しかし、悩みがあるから、心は育つ。
うんと悩んだ日々こそ、一番不幸だと思った日こそ、あとから振り返ると、
一番かけがえのない日々だったと分かるものだ。

だから苦しみから逃げず、苦しみの真ん中を突っ切って行くことだ。
それが森を抜ける近道だからだ。

寂しければ、その寂しさを大事にすることだ。
寂しさや悲しさを、遊びなんかで、ごまかすな。使い捨てるな。

耐えて、耐えて、自分を育てる「こやし」にしていけ。逃げたくなることもある。
でも、雪柳は動かない。
雨の日も、寒風の日も、じっと自分の場所で根を張って頑張っている。

頑張り抜いたから、みんなのほうがから「きれいだねぇ」と来てくれる。

人間も、魂の根を張ったところが「自分の故郷」になる。

完全燃焼したところが、心が安らぐ「自分の居場所」になる。

君たちが生まれてくる時、どんなに、お母さんが大変だったか。

あなたが大きくなるために、両親は、どんなに疲れても、眠れなくても、
大事に面倒を見てくれた。苦しい仕事にも耐えて働いてくれた。

あなたが初めて声立てて笑った時、初めて歩いたとき、どんなに両親は幸せでいっぱいになったか。病気になったとき、どんなに、おろおろと心配したか。

感謝できる人は幸せな人だ。

雪柳は太陽への感謝を忘れない。太陽は、いつも惜しみなく光を注いでくれた。

いつも、ありのままの自分を、そのまま受け止め、光で包んでくれた。
だから今、雪柳は「太陽への恩返し」のように、明るく周囲を照らしている。

人間だって、花と同じように、光がいる。

人も人から大事にされないと、心が枯れてしまう。だから君がみんなの太陽になれ。

人間だって、花と同じように、水がいる。
自分で自分を励ましたり、喜ばせたり、心を生き生きさせないと、心は枯れてしまう。

自分で自分を励ませる人は、すてきな人だ。人のつらさも、わかる人だ。

自分で自分を喜ばせる言葉を、強さを、賢さを!落ち込んだ心を、よいしょと自分で持ち上げて!自分で自分を好きになれないと、人だって愛せない。

雪柳は敏感だった。誰かが通り過ぎただけの風にも揺れる。

あなたも、恥ずかしがり屋なら、そのままでいい。

無神経になり、デリカシーを無くすことが「大人になる」ことじゃない。
コンクリートみたいに固い花は無い。花は、みんな柔らかい。初々しい。
傷つきやすい
人の思いに敏感なままの、その心を一生咲かせ続ける人が、本当に「強い」人なのだ。

運命は外からやってくるんじゃない。

君の心の中で毎日、育っているのだ。




毎日がつまらない時、それは自分が、つまらない人間になっているからかもしれない。

人生をむなしく感じるとき、それは自分が、からっぽの人間になっているからかもしれない。

人生にうんざりした時。人生のほうが君にうんざりしたといっているのかもしれない。

人間は結局、自分自身にふさわしい人生しか生きられない。

だから、成績は中くらいでもいい、人間が大であればいい。
頭がいいとか悪いとか、成績だけで分かるものじゃないし、生きる上で大したことではない。

ただ、自分が「不思議だ」と思う疑問を大事に追及することだ。
そのことを考えて、考えて、考え抜くことだ。

そして、いざという時、心理と正義のためなら、自分を犠牲にできる人になれ。

そんな人が一人でも増えた分だけ、この世は美しくなる。

世界のどこかに、君にしかできない使命が、君の来る日を待っている。

指折り数えてまっている。待たれている君は、あなたは生きなければ!

めぐりあう、その日のために!輝くためには、燃えなければならない。燃えるためには、悩みの薪がなければならない。青春の悩みは即、光なのだ。

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きゅん

2009/06/29 13:15



5月吉日家のすぐ前にある小学校の運動会だった

娘が通ってる

親子競技に参加した

娘が町内別リレーに出て2位だった


一人抜かした

すごい〜〜〜

二人抜かす〜〜〜ところでバトンタッチ…


こども会やめちゃったけど足早いから出させてくれる事になって

シングルマザーでも出来るんだなどど過信してこども会役員頑張ったけど

実際は無理だった

運動会がこども一人と言うのがなんと楽なんだ

と言う事を実感した


昨年は娘が二人小学生

お弁当作り、親子競技もてんてこ舞い

こども三人が小学生だった時は座っている暇もなく子供の競技、親子競技に走り回った


来年、運動会したらもう本当に楽になるんだろうな

大変な時期を走りつづけたんだとしみじみ思った


日射病なのか、熱中症なのか、頭がいたくて微熱モード

37度でダウン 頭もクラクラ


普段外出ないからダメだね゜。。゚゚゚。。


息子と娘は中間テストのお勉強をしてるかと思ったら

家の前の小さな公園でバトミントンやったり

パソコンでYouTube見たり

ちゃんと点数取れば問題無いんだけどね


母は柄にも無くダウンしちゃいました

久々に横になりました

養育費ないのに本当に私、頑張ってるよなぁ


昨日はね〜〜〜娘の組み立て体操を見て

成長したんだな〜とじんわり涙が出ちゃった

私の大切な三人の子供達

お母さん、頑張るからね

素敵に輝きながら頑張るけん ^^




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タマゴボーロ♪

2009/06/24 00:45



タマゴボーロで有名なお菓子会社・竹田製菓の経営者、竹田和平氏は
ゆうに100億を超える資産を保有し、上場企業百社以上の大株主でもあり
日本一の個人投資家という顔ももつ大富豪です。

タマゴボーロのHP

竹田和平さんはこのタマゴボーロを作るのに温めてもヒヨコにかえらない質の
悪い安いタマゴは使わず、戦後の創業期から有精卵にこだわり続けたそうです。

しかし、どの卵を使ってもお菓子になれば味は一緒で誰もわかりません。
しかも戦後まもない頃なのでお菓子の素材にこだわる人なんて誰一人いませんでした。
有精卵価格は3倍も高いからライバル会社は当然、安い卵の方を選びます。

ある方が「儲けは少なくなっても、なぜあえて有精卵を使い続けたのですか?」
と尋ねたところ、竹田氏曰く、

「それがね、儲けが多くなるから不思議なんです」

なんと、知らないうちに客がついていたからだそうです。
昭和40年には市場のシェアが60%を越えたそうです。

このままでは100%になってしまう。競争相手がいなくなると自分たちを見失う恐れがあるため、それ以上シェアを増やさないように逆に努力したそうです。

戦後から素材にこだわっていた竹田和平氏は、現在、さらにその先を歩んでいます。
工場でお菓子に「ありがとう」と言ってるそうです。

「ありがとう」という言葉はプラスの波動です。逆に「ばかやろう」という言葉はマイナスの波動であり、物質面にも作用します。

例えば、怒った時に吐き出す息を袋に入れて中に蚊を入れると、その蚊は数分で死んでしまい、逆にニコニコしてるときの息だと蚊は長生きするそうです。

おにぎりでも実験できます。怒ったときに握ったおにぎりと、ニコニコして握ったおにぎりでは見た目一緒でも子供はかなりの確率でニコニコにぎりを選ぶようです。

作ってる人たちの波動が物に写るという竹田氏の考えです。

竹田氏曰く、「ありがとう」と声に出していると自然にニコニコしてくるし、
何より運がよくなってくると言っております。

『1日3,000回「ありがとう」と言ってみなさい。人生変るから』
と。40分でだいたい3,000回言えるそうです。

なんと、竹田氏の会社の社員は1時間「ありがとう」と言うと給料とは別に
1時間で800円支給されるそうです。

従って、毎日「ありがとう」と2時間言う社員は1ヵ月で4万8000円プラスで
給料をもらえるとのこと。

これが大きな効を奏したそうで、「ありがとう」と声に出して言っていると
みんなの顔が変わってきてニコニコ顔になったようです。

しかも、工場には「ありがとう。ありがとう」と録音されたテープが24時間流れてます。
従って、出荷するまでにだいたい100万回の「ありがとう」の波動がお菓子に入ってるそうです。

ここまで、「ありがとう」を徹底する姿勢は凄いです。
斎藤一人さん、小林正観さん、共通する教えを私達も
「ジッセンジャー」していきましょう!



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宇宙>(そら)の約束 

2009/06/24 00:23



 自分の身体のその奥に
 確かに確かに座っている

 大きな宇宙の約束が
 いつもいつもささやいている
   
 いつかいい日の明日のために
 いつもいつもささやいている

 忘れないでね  大切なのは

 心の目と心の耳をすますこと

 そして自分を信じること

 むかしむかしのことでした
 心の目と心の耳をすましたある人が

 宇宙の約束とつながって
 本当のことに気がついた

 すべてのものは どれもみんな その約束からできている

 約束は 目にも見えず 重さもなくて
 あるのかないのか わからないけど
 でも 宇宙の何もかもが この約束からできている

 「いいことに気がついちゃった」とその人は

 苦しまなくてもいいんだなあ
 悩まなくてもいいんだなあと
 とてもうれしくなりました

 宇宙にたくさん散らばっている

 たくさんのつぶつぶは
 約束のもとに集まって
 海を作り 山を作り 花を作り
 人を作る

 約束は目にも見えず 重さも持っていないけど
 風をそよがせ 雨を降らせ ときには星を輝かせる

 誰かと誰かを出会わせて 誰かと何かを出会わせて
 涙や笑顔を作り出す

 私とあなた あなたとお花 お花と石ころ

 みんな同じ 同じものでできている
 
違うのは だれもが持ってる約束の
 
私が私である場所(とこ)や
 花が花である場所(とこ)に
 
光があたっただけのこと
 スイッチが入っただけのこと

 あなたは  私だったかもしれないし
 私はもしかしたら 庭に咲くたんぽぽや
 降る雪だったかもしれないね

 約束は私を作り
 私の中に 宇宙の約束が座っている

 すべてのものが 約束の中にあり
 約束は すべてのものの中にある

 でもね  忘れちゃいけないの

 約束には無駄がなく  必要なものだけを
 いつもちゃんと作っている

 花がそこに咲くことは それが大切だという証
 私がここにあることは それが必要だという証

 宇宙の約束とつながって
 過去と今 今と未来
 
すべてのことを 見渡すことができたとき
 きっときっとわかること

 すべてのことは いつもいつも
 いつかいい日のためにある

 うれしいことも悲しいことも
 きれいなことも 汚れたことも

 増えることも 減ることも

 その約束の現れだけど
 現れているすべてのことが
 いつかいい日のためにある

 だから思うの  生きていると
 いろんなことが あるけれど

 楽しいことも 苦しいことも
 悲しいことも うれしいことも




 雨や 雪や 月の光が
 空から降ってくるように
 手をひろげて受けとめていけばいいんだね

 怖がらなくてもいいんだよ
 悲しまなくてもいいんだよ

 だってすべてがだいじょうぶ
 すべてがみんなだいじょうぶ

 揺れる、歌う、踊る、祈る……
 跳ねる、描く、回る、思う……

 約束とつながっていく方法は
 いつも私の中にある

 揺れて踊って、飛んで思って
 心の目と 心の耳が開いてく
 そして本当のことを知る

 さあ明日へ歩きだそう
 大切なのは  心の目と心の耳をすますこと
 そして自分を信じること

 花が咲くように 雪が舞うように
 月が照るように あなたといたい

 鳥が飛ぶように 風が吹くように
 海が歌うように あなたといたい

 広い宇宙の中で 長い時間の中で
 あなたと出会えたこと
 きっときっと宝物

 星があるように 山があるように
 空があるように あなたといたい


   『宇宙の約束
        ――私はあなただったかも』
     
                 山元加津子著
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お金のためのSecret 日本語字幕DVD

2009/04/05 14:47



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「シークレット」からの贈り物

2009/04/05 14:30



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愛と言うプレゼント

2009/03/29 22:07



*・゜゜・*:.。..。.:*・゜・*:.。. .。.:*・゜゜・**・゜゜・*

34歳のスーザンが視覚障害者になってから1年になる。
誤診のために視力を失って、彼女は闇と怒りと苛立ちと自己欺瞞の世界に突き落とされた。

ひと一倍独立心の強い女性だったのに、残酷な運命のいたずらのせいで、ひとの助けを借りなければならないのが辛かった。

「どうして、こんな目にあわなければならないの?」
彼女は怒りに胸をつまらせて嘆いた。

だが、いくら泣いてもわめいても祈っても、
辛い現実が変わるはずもないことはわかっていた。

視力は2度と回復しない。

以前は明るかったスーザンの心は、重い鬱の雲に覆われた。
毎日をやり過ごすだけでも、苛立ちや果てしない疲労の連続だった。

彼女は必死の思いで夫のマークにすがった。
マークは空軍の将校で、心からスーザンを愛していた。

視力を失った彼女が絶望の淵に沈み込んだとき、
マークはなんとか妻にもういちど力と自信を取り戻させよう、
もういちど独立心を回復させてやろうと決意した。

軍人であるマークは、扱いの困難な状況に対処する訓練を充分に受けていたが、その彼でさえ、これはこの上なく厳しい闘いになることを知っていた。

ついに、スーザンは仕事に復帰する決心をした。

だが、どうやって職場に通ったらいいだろう? 

以前はバスを使っていたが、ひとりで街に出るなんてもう怖くてできない。

マークが、毎日車で職場まで送って行こうと申し出た。

2人の職場は街の反対側に分かれていたのだが、
はじめ、スーザンは喜んだし、ほんのわずかなことにも大変な思いをしている妻を守ってやりたいというマークの気持ちもこれで満たされた。

ところがしばらくすると、
マークはこのままではいけないと気づいた。

そんなことを続けるのはどう考えても無理だったし、負担が大きすぎる。

「スーザンはひとりでバスに乗ることを覚えなければいけないんだ」とマークは自分に言い聞かせた。

だが、彼女にそう言うと考えただけで、彼はひるんだ。

それでなくても頼りなく、怒りにさいなまれているのに。

そんなことを言われたら、どうなるだろう?

マークの予想どおり、またバスに乗ると考えただけで、スーザンは震え上がった。

「目が見えないのよ!」彼女は苦々しく答えた。

「どうすれば行く先がわかるの? 
あなた、もうわたしの面倒を見るのがいやになったんだわ」

こう言われてマークの心は傷ついたが、しかしなすべきことはわかっていた。

彼はスーザンに毎日、朝晩いっしょにバスに乗ってやると約束した。

彼女がひとりで大丈夫と思うまで、どんなに時間がかかっても。

そしてそのとおりになった。
まる2週間、軍服を着て支度を整えたマークは、毎日スーザンの送り迎えをした。

残った感覚、とくに聴覚を働かせて、自分の居場所をつかみ、
新しい環境に適応する術をスーザンに教えた。

バスの運転手ともなじみになり、彼女に気を配り、
座席をとっておいてもらえるようにした。

そのうちに、スーザンも笑い声をあげるようになった。
バスを下りるときにつまづいたり、書類が詰まったブリーフケースを
通路に落としてしまうといった運の悪い日にすら、笑顔が出るようになった。





毎朝、2人はいっしょに出かけ、それからマークはタクシーでオフィスに向かった。
車で送迎するよりももっと費用がかかったが、マークは時間の問題だと知っていた。

スーザンはきっとひとりでバスに乗れるようになる。彼はスーザンを信じていた。

視力を失う前の、何があっても恐れずに立ち向かって、決してあきらめなかったスーザンを。
 
ついに、スーザンはひとりでバスに乗ると言いだした。

月曜日になった。
スーザンは出かける前に、夫であり親友でもあるマークの首に両腕をまきつけた。

彼の誠実さと忍耐と愛を思って、スーザンの目に感謝の涙があふれた。

「行ってきます」
2人は初めて、べつべつに出勤した。

月曜日、火曜日、水曜日、木曜日……。
毎日は無事に過ぎていき、スーザンの気持ちも、かつてなかったほど明るくなった。

やったわ! 自分だけで出勤できるんだ。
 金曜日の朝、スーザンはいつものようにバスに乗った。

料金を払ってバスを下りようとしたとき、運転手が言った。

「あんたはいいねぇ」

 スーザンは、まさか自分に言われたのではないだろうと考えた。
いったい誰が目の見えない女性をうらやむというのだろう。

この1年をやっとの思いで生きてきたというのに。
不思議に思って、彼女は運転手に聞いた。

「どうして、いいねぇなんて言うんですか?」

 運転手は答えた。

「だって、あんたみたいに大切にされて、守られていたら、
さぞかし気分がいいだろうと思ってさ」

 スーザンには運転手の言っていることが全然わからなかったので、もう一度尋ねた。

「どういう意味なの?」

 答えが返ってきた。

「ほら、今週ずっと、毎朝ハンサムな軍人が通りの向こうに立って、あんたがバスを下りるのを見守っていたじゃないか。

あんたが無事に通りを渡って、オフィスの建物に入っていくのを確かめているんだよ。

それから、彼はあんたにキスを投げ、小さく敬礼をして去っていく。あんたはほんとうにラッキーな女性だよ」

幸せの涙がスーザンの頬をつたった。

目には見えなくても、マークの存在がありありと感じられた。

わたしはラッキーだ。ほんとうにラッキーだわ。

彼は視力よりももっと力強いプレゼントを、見る必要などない、
はっきりと信じられるプレゼントをくれたのだった。

闇の世界を明るく照らしてくれる愛というプレゼントを。

〜S・ワイダ〜

*・゜゜・*:.。..。.:*・゜・*:.。. .。.:*・゜゜・**・゜゜・*

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「子犬の話」

2009/03/29 21:44



あるペットショップの店頭に「子犬セール中!」の札が掛けられました。

子犬と聞くと子供はたいそう心をそそられるものです。

しばらくすると案の定、男の子が店に入ってきました。

「おじさん、子犬っていくらするの?」

「そうだな、30ドルから50ドルってところだね。」

男の子はポケットから小銭を取り出していいました。

「僕、2ドルと37セントしかないんだ。でも見せてくれる?」

店のオーナーは思わず微笑むと、奥に向かってピィーと口笛を吹きました。

すると、毛がふかふかで丸々と太った子犬が5匹、店員の奥から転がるように出てきたのです。

ところが1匹だけ足を引きずりながら一生懸命ついてくる子犬がいるではありませんか。

「おじさん、あの子犬はどうしたの?」と男の子は聞きました。

「獣医さんに見てもらったら、生まれつき足が悪くて、多分一生治らないって言われたんだよ。」と店のオーナーは答えました。

ところがそれを聞いた男の子の顔が輝き始めました。

「僕、この子犬がいい。おじさん、この子犬を売って!」

「坊や、よした方がいいよ。そりゃあ、もしどうしてもっていうのなら、ただであげるよ。どうせ売れるわけないから。」
と店のオーナーが言うと、男の子は怒ったように睨み付けました。

「ただでなんかいらないよ。おじさん、この犬の何処が他の犬と違うっていうの?他の犬と同じ値段で買うよ。今2ドル50セント払って、残りは毎月50セントづつ払うから。」

その言葉をさえぎるように店のオーナーは言いました。

「だって、この子犬は普通の犬みたいに走ったりジャンプしたり出来ないから、坊やと一緒に遊べないんだよ。」

これを聞くと男の子は黙ってズボンのすそをまくり上げました。

ねじれたように曲がった左足には、大きな金属製のギブスがはめられていました。

男の子はオーナーを見上げて優しい声で言いました。

「きっとこの子犬は、自分の気持ちがわかってくれる友達が欲しいと思うんだ。」

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あなたの大切な物…

2009/03/29 21:33



> ある大学でこんな授業があった。

「クイズの時間だ」教授はそう言って大きな壺をとり出し、教壇に置いた。


その壺に、彼は一つひとつ石を詰めた。

壺がいっぱいになるまで石を詰めて彼は学生に聞いた。

「この壺は満杯か?」教室中の学生が「はい」と答えた。

「本当に?」といいながら、教授は教壇の下からバケツいっぱいの砂利を取り出した。



そして、砂利を壺の中に流し込み、壺を揺らしながら、石と石の間を砂利で埋めてゆく。





そうしてもう一度聞いた「この壺は満杯か?」学生は答えられない。

ひとりの学生が「多分違うだろう」と答えた。
教授は「そうだ!」と笑い、今度は教壇の下から砂の入ったバケツをとり出し、

それを石と砂利の隙間に流し込んだ後

3度目の質問を投げ掛けた。

「この壺はこれでいっぱいになったのか?」
学生は声をそろえて「いいえ」と答えた。

教授は水差しをとり出し、壺のふちまでなみなみと水を注いだ。
「僕が何を言いたいか、わかるだろう?」

ひとりの学生が手を上げた。

「どんなにスケジュールが忙しい時でも。最大限の努力をすれば、
いつも予定を詰め込むことが可能ということです」

「それは違う」と教授
「重要なポイントはそこにはないんだよ。
この例が私たちに示してくれている真実は、大きな石を先に入れない限り、
それが入る余地は、そのあと二度とないということだ」
「私たちの人生にとって、大きな石とはなんだろうか?」


「それは仕事であったり、志であったり、愛する人であったり、家族であったり、自分の夢であったり。

ここで言う大きな石とは君たちにとって一番大切なものだ。
それを最初に壺の中に入れなさい。さもないと君たちは、

それを永遠に失うことになる。もし君たちが小さな砂利や砂、

つまり自分にとって重要度の低いものから自分の壺を満たしたならば、
君たちの人生は重要でない何かで満たされたものになるだろう。

そして大きな石、つまり自分にとって一番大切なものに咲く時間を失い、その結果、それ自体を失うだろう」

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『100人の村は楽園だった』

2009/03/29 20:58



ある日、大変なお金持ちが、息子を連れて田舎へ行きました。


息子に、世の中の人々が実際にどれほど貧しいのかを見せようと思ったのです。


そしてその父親と息子は、田舎の大変に貧しい農家で数日を過ごしました。


田舎での滞在を終えて帰る道中、父親は息子に「どうだ?」と尋ねました。


「とってもよかったよ、お父さん」


「どんなに貧しいか、わかったかい?」と父親が聞きました。


「そうだね。よくわかったよ」と息子は答えました。


「おまえはこの旅で何がわかったんだい?」


 息子はこう答えました。


「僕たちの家には犬が1匹しかいないけど、あの農家には4匹いたよ」


「僕たちの家には、庭の真ん中までのプールがあるけど、
あの人たちのところには、どこまでも続く川があるんだね」


「僕たちは輸入したランタンを庭に下げているけど、
あの人たちのところには夜、満天の星空があるんだね」


「僕たちは、小さな地面に住んでるけど、あの人たちの住んでいるところは、見えないぐらい遠くまで広がっているんだね」


「僕たちには、僕たちに奉仕する召使いがいるけど、あの人たちは、他の人たちに奉仕しているんだね」


「僕たちは自分たちの食べ物を買うけど、あの人たちは自分たちの食べ物を育てているんだね」


「僕たちの家の周りには、僕たちを守るための壁があるけど、あの人たちには守ってくれる友だちがいるんだね」


 息子の返事に、父親は言葉を失いました。


 そして、息子はこう言いました。


「お父さん、僕たちがどんなに貧しいかを見せてくれてありがとう」

  古川千勝 著
*・゜゜・*:.。..。.:*・゜・*:.。. .。.:*・゜゜・**・゜゜・*

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ネイティブ・アメリカンの長老【オライア・マウンテン・ドリーマー】の詩

2009/03/29 20:48



「招待」

あなたが生活のために何をしているかは、どうでもいいのです。

私は、あなたが何に憧れ、どんな夢に挑戦するのかを知りたいと思います。


あなたが何歳かということも関係のないことです。

あなたが、愛や夢や冒険のためにどれだけ自分を賭けることができるのか 知りたいのです。


あなたがどの星座に生まれたかということもどうでもいいことです。

あなたが本当に深い悲しみを知っているか、人生の裏切りにさらされたことがあるか、
それによって傷つくのが怖いばかりに 心を閉ざしてしまっていないかを知りたいのです。

あなたが自分のものであれ、人のものであれ、痛みを無視したり、簡単に片づけたりせずに、 それを自分のものとして受け止めているかどうかを知りたいのです。

また、喜びの時には、それが私のものであれ、あなたのものであれ、
心から夢中になって踊り、身をゆだねることができるかを知りたいのです。

気をつけろとか、現実的になれとか、たいしたことはないさなどと言わずに。


私は、あなたの話すことが本当かどうかには関心がありません。

私はあなたが自分自身に正直であるために、
他人を失望させることでさえ あえてできるかどうかを知りたいのです。

たとえ裏切りだと責められても、自分自身の魂を裏切るよりは
その非難に耐えうる方を選ぶことができるかどうかを。

たとえ不誠実だと言われても、そんなときにあなたがどうするかによって、
あなたという人が信頼に値するかどうかを知りたいのです。

私は、あなたが本当の美がわかるかを知りたいのです。

それが見た目に美しく見えない時でも、
毎日そこから本当に美しいものを人生に汲み上げることができるかどうかを。

私は、あなたがたとえ失敗してもそれを受け止めて共に生きることができるかどうか、
それでも湖の縁に立ち、銀色の輝く満月に向かって
イエスと叫ぶことができるかどうかを知りたいのです。


あなたがどこに住んでいるか、どれだけお金があるかはどうでもいいことです。

それよりも、あなたが悲しみと絶望に打ちひしがれ、
どんなに疲れ果てていても、また朝が来れば起き上がり、

子どもたちを食べさせるためにしなければならないことをするかどうかを知りたいのです。


あなたが誰を知っているか、あなたがどうしてここへ来たかは関係ありません。

私とともに決して怯まずに、炎の只中に立つことができるかどうかが知りたいのです。


あなたがどこで、何を、誰と勉強したかはどうでもいいことです。

私が知りたいのは、皆が見捨ててたった一人になったとき、
あなたの内側からあなたを支えるものは何かということです。

私はあなたが自分自身としっかり向き合いその何もない時間の中にいる自分を
心から愛しているのかどうかを知りたいと思っているのです。
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ニューヨークに愛を

2009/02/05 15:17




「ニューヨークに愛を」というお話をご紹介します。


友人と一緒に、ニューヨークでタクシーに乗った時の事だ。

降りる時、友人はタクシーの運転者に声をかけた。

「どうもありがとう。君は実に運転が上手いね。」

 運転手はそれを聞くと、一瞬びっくりしていたが、

「お客さん、口がうまいね。からかっちゃ困るぜ。」と言った。

「いやいや、そうじゃないよ。ニューヨークは車がひしめきあっているし、
無茶苦茶な運転をしている連中が多いだろう? そんな中で、君が驚くほど冷静なんで感心しているんだ。」

「そうかい」とそっけなく言って運転手は走り去った。

「今のは何だったんだい?」と私が聞くと、

「僕はニューヨークに愛を呼び戻したいんだよ。
こんなにすさんでしまったニューヨークをよみがえらせる方法は、愛しかないと信じているんだ」と友人は答えた。

「君一人の力でかい?」

「僕一人の力じゃないよ。考えてごらんよ。僕の言葉で、今の運転手は気分を良くしたと思うんだ。
あのタクシーがこれから20人の客を乗せるとする。運転手がいい気分でいれば、客に親切をするだろう。
すると今度はその20人の客が、まわりの連中にまた親切をする。つまり連鎖反応を起こすわけさ。
自分の会社の従業員とか、どこかの店員とか、レストランのウエイターだとか、ひょっとすると、
普段はほとんど気にかけない家族にさえもやさしくするかもしれないさ。そうすれば、
やがて1000人以上の人を巻き込む計算になる。すごいだろう!?」

「でも、さっきの運転手を勘定に入れての話だろう? 彼が親切にして回るという保証はないよ」

「わかっているさ、人それぞれなんだから。だけど、もし僕が今日、10人の人間に親切にしたとして、
その中のたった3人だけでも気分がよくなってごらん。これがまわりまわって3000人以上に影響を
及ぼすってわけさ」

 私はそれを聞いてなるほどとは思ったものの、

「理論的にはそうかもしれないけど、実際はそう上手くいくとは思えないな」と答えた。

「もし、期待通りにいかなかったとしても、何の損になる? そもそも『いい仕事をしたね』と言うのに
全然時間はかからないよ。チップを増やすわけでも、減らすわけでもない。相手に通じなくても、
それはそれでいいじゃないか。また明日、別の相手に試してみればいいことさ」

「お前、本気で言ってるのかい?」

「君こそ素直じゃないよ。僕らの会社の連中だって、給料が安いっていうだけでブーブー
言っているわけじゃないんだ。どんなに一生懸命やっても、何も言ってもらえないのが面白くないのさ」

「でも、連中の仕事に対する態度はいいかげんじゃないか」

「そこなんだよ。みんな心のどこかで、真面目に働こうとサボろうと誰も気にかけやしないと
思い込んでいるんだよ。どうして、誰も優しい言葉をかけてあげないんだろう?」

 こう話ながら歩いている家に、工事現場にさしかかった。

ちょうど5人の作業員が昼御飯を食べていた。友人はそこで立ち止まると、
建設中のビルを見上げながら作業員たちに話しかけた。

「すごいね!素晴しい仕事ぶりだ。こんなものすごいビルを建てるのは、さぞかし難しいし、危険なんだろうなあ」

 作業員達は、この不思議な男をいぶかし気に見上げた。だが、友人は全く気にせず続けた。

「いつ出来上がる予定なんだい?」

「六月さ」と作業員の一人がしぶしぶ答えた。

「そりゃあ、スゴイね。君たち、これだけいい仕事ができるんだから、さぞかし鼻が高いことだろうね」

 作業員達はあっけにとられたままだったが、私達はまた歩き始めた。

「あの作業員達が僕の言ったことをかみしめてくれれば、きっといい気分になると思う。
こうやって、この街全体がまた少し幸せを取り戻すんだ」

「でも、やっぱりお前一人の力では無理だよ」と、私はまだ賛成できずにいた。

「肝心なのは、途中で諦めないことなんだよ。大都市の人間に昔のような優しい心を呼び戻すのは、
至難のわざかもしれない。でも他の人たちも、この親切キャンペーンに参加してくれるようになれば...」

 そこまで言うと、彼は途中で話を止めた。

通りがかりの女にウインクをしたのだ。

 私は思わず言った。

「ふーん、どう見ても、見映えのしない女だと思うがな」

「わかってる。でも、想像してごらんよ。もし彼女が学校の先生だったら、
クラスの生徒達にとって、今日は最高の一日になるだろうね」


                        ダン=ミルマン



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ありがとうの感謝

2009/02/03 22:28



人の縁って不思議♪

どんな出会いでも必ず意味がある(*^-^*)


私は自然が好きです♪そして人が好き♪

出会いにわくわくする


人と繋がるってホント【あったかい】・・・★


『ありがとう』の言葉ってすごく深いんだ

■イライラしてたり
■怒れちゃったり
■悲しくなっちゃったり
■もうダメだって思えちゃったり

そんな時にでも『ありがとう』って感謝出来ること知ってる?


『あんな奴とはもう口も聞きたくない』(怒り)

そう思っているときにでも

自分に『ありがとう』(感謝)って心につぶやいてみる


はじめは『怒り』と『感謝』がぶつかり合う

そして葛藤が起きる 


けれどそれでも

『ありがとう』とつぶやいてみる


そうするとその状況の中でも【感謝出来る何か】を

自分の中で探し始める


そして『ありがとう』とつぶやきながら感じてみる

今の自分でも【感謝出来る】何かが見つかるのです

そして感謝出来る自分がここにいると実感出来たとき


あなたは自分で「感謝出来る人間だ」と信じた事になる
(無意識だとしても)


どんな人でも

【ひとしずく】でも感謝の想いが自分自身に注げれば

そこから広がって

本当の自分に戻っていけるのだと私は思うのです


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魂の旋律

2009/01/31 11:28



みんなを好きにならなくてもいい

嫌いな人が、いてもかまわない

でも、たった1人、嫌いになってはいけない人がいる

それは、あなた自身

あなたが自分を嫌いになってしまったら、

誰もあなたのことを好きになってはくれない

条件つきでしか自分を愛せないと、自分の中にある愛とふれあうことはできない


自分を愛するとは、ダメな自分をまず受け入れること。

自分を責めていたら変われない。

自分を受け入れると、変わることが可能になる

ダメなのも自分だって認めてあげよう

すると、本当の自分、なりたい自分になれる


人と関われば、不愉快な思いをすることだってある

でも、それは鏡に映し出された自分の姿を見ているにすぎない

相手の欠点と見えるものは、あなた自身の欠点であり、

それも、まだあなた自身が受け入れられないでいる欠点...

この障害物はあなたが気づくべきことを気づくまでは消えない


時が解決するのは感情であって、問題それ自体ではない

問題とは、ライフワークに向かって前進しないでいいように

エゴが勝手に作り出す壁なんだ

自信や幸せは、自分から逃げて得をしようとするところには見つからない

人間は得することで生きる支えを得るのではなく、

やるだけのことをやることで生きる支えを得る


そろそろ思い出そう


あなたが愛を持っているのではなく、愛があなたの体を借りて宿っていることに


愛の源はあなた自身

誰もあなたに愛を与えはしないのだから、

誰もあなたから愛を奪うことはできない

時々 誰かがあなたのマインドの海で泳ごうとやってくることもある

だが、忘れないでほしい。その水はあなたそのものだ

よいも悪いもない。私たちは自分の思考に単に気づいていないだけ


自分を愛しなさい

あなたは苦労してここまでたどり着いた

そして、またここを離れ、前進しようとしている

そんな自分を愛しなさい

何が起ころうと、自分を愛しなさい

自分を愛するとは、相手を愛することであり、人生を愛すること

人生を愛すれば、いつもの世界が違うものに見えてくる

自愛から慈愛へ

この意識で世界を見つめた人は、自分でも気づかなかった才能が出てきてしまう

愛のこもったまなざしを向ければ、すべてのものが美しく見え、

当たり前の日常の中に奇跡が宿っていることに気づく


愛のこもったまなざしは、自己呪縛している人々でさえも目ざめさせる

人を愛するとは、その人が本来持っているけど隠れている美を見つめてあげること

全ての人は自分の素晴らしさをみてもらいたいと願っている

全ての人は自分の中の 魂の光を発見されたがっている

まずは、自分がワクワクすること、パワーを感じられることを追求していこう

あなたは、夢を実現させるためのものをすでに全部持っている

あなたは夢、あなたは光、あなたは愛...


すべてはひとつ


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カイルの告白 ~友情が紡ぐもの~

2009/01/31 10:37




僕が一年生だったある日、同じクラスの生徒が学校から家に帰るのを見た。

彼の名前はカイル。

彼はロッカーに置いてあった教科書を全部抱えて学校から家に持って帰るところだった。

「どうして、金曜日に教科書を家に持って帰るやつがいるんだ?やつはきっといかれたガリ勉 野郎(Nerd) にちがいない。」

一方、僕はといえば、週末は楽しい遊びのプラン (パーティーやフットボールゲームなど)でいっぱいだったから、肩をすくめて通り過ぎた。

歩いていると、少年のグループが彼の方に走っていくのが見えた。

そいつらはカイルをめがけて走り、彼の腕から彼が抱えてた本を全部たたき落として、ころばせた。
そして、カイルは泥んこだらけになってしまった。

カイルのメガネは3メートルくらい離れた芝生の上に飛んでった。

彼が見上げたとき、彼の目はひどい悲しみに満ちていた。

気の毒に思い、僕はあわててカイルのところに走り寄った。

カイルがメガネを探しながら這いずりまわっていたとき、彼の目は涙であふれていた。

カイルにメガネを探して渡しながら、「やつらは最低だ。きっと今に罰があたるだろうよ。」と言ってやった。

彼は僕を見て、「ありがとう。」と言って笑った。

彼のその微笑みには本当に感謝の気持ちが込められていた。

カイルの本を拾うのを手伝いながら、どこに住んでいるのか聞いた。

すると、カイルは、僕の家のすぐ近所に住んでいると言った。

でも、今まで一度も彼を見たことがなかったので、どうしてか聞いてみたら、彼は以前私立の学校に通っていたからだった。

今まで私立学校に通う友達なんていなかった。

僕たちはうちまでの道をずっと話しながら帰ってきた。

僕はカイルの教科書を運ぶのを手伝った。

あとで、カイルがかなりイカす奴だということがわかった。

僕の友達も交えて、一緒にフットボールをすることになった。

その週末はずっとカイルと一緒にすごしたが、彼のことを知れば知るほど、彼の事が好きになった。

そして、僕の友達もみな同じ意見だった。

月曜日の朝、カイルはまた教科書を全部学校に持って行く事になったので、僕はカイルを止めて、「おい、おい、毎日この教科書を運んだら、筋肉痛で大変だよ。」と笑った。

すると彼は持っていた教科書の半分を僕に渡した。

高校の4年間でカイルと僕は無二の親友となった。

4年生のとき、僕たちは進学先について考え始めなくてはならなかった。

カイルはジョージタウン、僕はデュ−クに行く事になった。

僕は二人の友情が距離は離れても全く変わらないのを知っていた。

彼は医者になるつもりだった。

そして僕はフットボールの奨学金をもらいたかった。

カイルは卒業生総代だったので、卒業式の告別スピーチの準備をしなければならなかった。

ステージの上で話すのが僕じゃなくて、本当に助かった。

僕はガリ勉のカイルをいつもからかっていた。

卒業式の日、カイルを見た。

かっこよかった。

高校時代に本当の自分を見つけ出した生徒の一人だった。

メガネをかけたカイルは実際に大人に見えた。

僕よりもたくさんの女の子とデートしてたし、女の子はみんな彼が好きだったので僕は時々やきもちをやいた。

今日もまさにそんな日だった。

でも、カイルが卒業のスピーチのことでかなり神経質になってるのがわかったので、彼をかしづいて、「ヘイ、カイル、かっこいいぞ」と言ってやった。

すると彼はあの日、僕を見上げたのと同じ表情で僕を見て笑った。

そして、「ありがとう。」と言った。

まず、咳払いをしてから、カイルはスピーチを始めた。

「卒業式は、僕たちがこれまでにつらい日々を過ごしていた時、それを乗り越えさせてくれた人々に感謝するいい機会です。たとえば、みなさんのご両親や先生方、兄弟、クラブ顧問のコーチ・・・でも、一番感謝するべきなのは友達でしょう。僕が今日ここで話すことになったのも、友情は人生で最高の贈り物であるということをみなさんにお伝えするためです。では、これから、そのことについてお話しましょう。」

カイルが僕たちが最初にあった日のことを話すのを信じられない思いで聞いた。

彼はその週末に自殺するつもりだったのだ。

ロッカーをきれいにしたのも、自殺した後に彼のお母さんがロッカーの掃除をしなくてすむようにだった。

だから、あの日、彼は教科書を全部運んでいたんだ。

彼は僕をしっかりと見つめて笑いかけた。

「ありがたいことに、僕は友達に救われました。」

このハンサムで人気の高い少年が彼の最も弱かった時のことを話したとき、聴衆の息が止まるのを聞いた。

彼のご両親が彼と同じ感謝に満ちた微笑みで僕を見つめた。

その瞬間、僕は初めてカイルとカイルの家族にどれだけ深く感謝されているか気がついた。

自分の行動力を軽く見てはいけない。

ほんの小さな意思表示が人の人生を変えることもある。

よかれ、あしかれ、我々は人から何らかの影響を受けながら生きるために命を与えられたのだから。



カナダの学校ではこういった話を先生が積極的にクラスで生徒に話してあげて、いじめはいけないことだと強く教えている。

他人を尊重することがどれだけ大切なことか口をすっぱくして伝えている。

世界中のいたるところで、弱い者いじめが行われている今日だけど、ご両親や先生方からもお子さんや生徒さんに

この話を伝えていただけたらカイルはとても喜ぶだろう。

ほんの少しの勇気が人の命を救い、そこからお金では決して買うことのできない友情が芽生えることだってあるのだ。

美爾依さんという方のブログ『カナダde日本語』よりご紹介
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あなたは本当に愛されているのです

2009/01/28 23:24




空腹からの飢えよりも、この世界にもっとも影響しているのは愛と感謝への飢えなのです。
〜マザー・テレサ

今日、あなたはその飢えを満たすことができましたか?


あなたが愛されているのだということを今日、誰かが伝えてくれましたか?

あなたに感謝してるんだ、ということを誰かがそっと感じさせてくれたり、あなたは特別な人だということを 伝えてくれましたか?


あなたはまったくそのままでいいんだよ、と誰かが太鼓判をおしてくれましたか?

そして、あなたが好きでやっていることなら、あなたがすることはそれだけで充分だ、ということも?

あなたは何かを証明するために、生まれてきたわけではないということを、誰かが念を押してくれたことはありますか?

あなたは、この世に “あなた”でいるために生まれてきたのです。

そう、あなた、です。

なぜなら、“あなた”という存在だけで充分なのだから。


あなたはこの世で唯一無二の、 真なるオリジナル。


比較などできない価値を持った 傑作なのです。

そして、 あなたがいなければ、この世界は完全ではないのです。

まるで一個だけピースの欠けてるジグソーパズルのように。。

そして、 この宇宙の中でその最後の隙間を埋められるのはあなたしかいないんです。

昨日の後悔は昨日と共に去っていくものだ、 ということを誰か教えてくれましたか?

そして、、

今、深遠なるこの瞬間の中で、あなたは完全なのです…創造されたときの設計図通りに。

あなたは自分で思っているよりも、本当はずっとずっと限りなく頭脳明晰であるということを、
誰かが時間を作って 教えてくれたことはありましたか?

そして、あなたが自分で信じているよりも、ずっとずっと何千倍も大きなことを達成できる可能性をもっている、
ということも?

あなた自身が自分の価値を疑うなんてことは決して決してあってはいけません、と誰かが教えてくれましたか?

なぜなら、どんなに自分の存在価値が小さく感じる瞬間であっても、あなたは素晴らしい存在として作られているのだから。

そして、、

あなたの身体中の一個一個の細胞に、世界中を照らし出すほどのパワーが潜んでいるのです。

神様はあなたが生まれた日に、そのパワーをそこに吹き込んでくれました。

そして、あなたが考えうる限りの愛の思いのそれぞれが、、、

さんさんと光を発し、この世界を照らし出し、そしてこの地球をよりよい場所に変えていくのです。

それだけあなたはパワフルなんです。それほどにあなたは愛に満ちているのです。

だから、、、

もう一度、、あなたに質問します。

今日、あなたの飢えは満たされましたか?

誰かがあなたに、あなたは本当に愛されているんだ、と教えてくれましたか?

もし、、、

そうでなかったとしたら、、、どうかお願いです。今日は私がその誰かになってもいいですか?

“あなたは本当に愛されているのです。”
       
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招待状

2009/01/28 23:10




5年生の教団に立ったトンプソン先生は、他の先生と同じように子供達の顔を見て、みな同じだけ愛していると伝えました。

しかし、それは不可能なことでした。というのは一番前の席にしょんぼり座っているテディ・スタラードがいたからです。

先生は前の年にテディを見ていたことがありますが、他の子と仲良くできず、着るものは汚れていて、いつもお風呂に入っていないようでした。

担任になって先生は太い赤鉛筆で太いバッテンと大きなF(不合格)をテディの答案用紙に書きこむことになりました。

先生が教える小学校では担任の教師が子供達の過去の記録をリビューすることが義務付けられていました。先生はテディの記録ファイルを一番下に入れ、最後に目を通すことにしました。

しかし、先生は記録を読み始めるととても驚きました。

1年生の時の担任はこう書いていました。

“よく笑う、頭のよい子です。やることをきちんとやり、マナーもよいです。一緒にいて楽しい子です。”

2年生の時の担任はこう書いています。

“優秀な生徒です。クラスの人気者です。ただし、母親の不治の病で悩んでいるようです。家庭での暮らしが大変のようです。”

3年生の時の担任はこう書いています。

“母親の死去がとても辛いようです。一生懸命やろうとしますが、父親が気にも留めないようです。なにか方策をとらない限り、家での環境がもうすぐ影響を及ぼすことになるでしょう。”

4年生の時の担任はこう書いています。

“内向的で学校では何も興味を示しません。友達も少なく、時々授業中に寝ています。”

ここまで読んで、先生はテディの抱える問題に気づき、自分を恥ずかしく思いました。

クリスマスにクラスの子供達がきれいな包装紙とリボンで飾ったプレゼントを持って来たときはもっと悪い気持ちになりました。テディのプレゼントは違っていたから。

テディのプレゼントはスーパーマーケットの紙袋で包んでありました。

先生はクラスの子供達の前でプレゼントを開けることさえ心に痛みを感じました。

その中からいくつか石がはずれて無くなっているライムストーンのブレスレットと、4分の1だけ香水が入っている瓶が出てくると、子供達の何人かはクスクス笑い始めました。

先生は子供達の笑いを鎮め、そのブレスレットを腕に着け、香水を手首にトントンとつけ、“とてもきれいだわ”と声高に言いました。

その日テディ・スタラードは先生に告げたいことがあったので放課後まで残りました。“トンプソン先生、今日は先生は僕のママと同じ匂いがするよ。”

テディが帰った後、先生は泣きました。少なくとも1時間はたっぷりと。

先生はテディに特別に意識を注ぐようにしました。先生が共に授業をするようになってから、心はよみがえったのです。励ませば励ますほどテディは敏速に反応しました。その年終わりには成績はクラスでトップレベルになりました。

1年後、先生は自分の部屋のドアステップに置かれた手紙を見つけました。そこには先生がテディにとって今までで一番の先生だと書いてありました。


先生が次の手紙を受け取るのは数年たった後でした。
そこには、テディがクラスでトップから3番目の成績で高校を卒業した、と書いてありました。
そして、先生がテディにとっていままで出会った中で一番の先生であることも。

4年後にまた先生はテディから手紙をもらいます。
時には辛いこともあるけれど、学校で頑張ってきました、と書いてありました。
もうすぐ優等生の成績で大学を卒業しますとも。

そして先生が今まで出会った中で一番でお気に入りの先生であるということも。


そしてまた4年が過ぎ次の手紙が届きました。
学部を卒業した彼はもう少し勉強を続けることにしました、と書いてありました。
先生は今だにテディが今まで会った中で最高の先生であると。
そして、テディの名前は今度はちょっと長くなっていました。
テディ・F・スタラード医学博士

物語はここで終わりませんでした。

次の手紙が届いたのです。

テディはある女性と出会い、結婚することに決めました。 お父さんは2年ほど前に逝去したこと、そしてトンプソン先生が結婚式に出席して、 花婿の母の席に座ってくれないかと訊ねていました。

もちろん、先生は結婚式に出席しました。

そして...

先生は、あの石がいくつか抜けているライムストーンブレスレットを腕に着け、テディが最後に過ごしたクリスマスの時に母親がつけていたというあの香水をつけました。

先生とテディは互いにしっかり抱き合うと、 先生の耳元でこうささやきました。僕を信じ続けてくれてありがとう。
自分の価値を信じ、僕だって世の中に違いをもたらすことができるんだということを教えてくれたのは先生だよ。どうもありがとう。

先生は目に涙をいっぱい浮かべ、ささやき返しました。

何を言ってるの?世の中に違いをもたらすことができるということを私に教えてくれたのはあなたなのよ。あなたに出会うまで、私は教えるという本当の意味を知らなかったのだから。


私達が毎日の暮らしの中で行動をとること、あるいは行動をとらないことが他の人にどんな影響を与えているかは計り知れないのです。

このことを大切に覚えておいてください。そして、今日、是非誰かの命に違いをもたらすよう努力してください。

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ブルーリボン

2009/01/28 22:40







ニューヨークの高校教師がクラスの生徒を一人一人教壇に呼び、その一人一人にその生徒がどういう風に素晴らしいのか、どんな違いを先生個人とクラスにもたらしたかクラス全員に伝え賞賛しました。

そして、一人一人にの胸にブルーリボンをつけて表彰しました。

そのブルーリボンには“Who I Am Makes the Difference”と金の文字で書かれていました。


そして教師は新しいプロジェクトを発表します。

このブルーリボンを3本ずつ生徒に渡しました。それを学校の外に行って、あなた方が讃えたいと思う人に渡して、この儀式を広めてください。そしてフィードバックをもらい、クラスで報告してください。




そのプロジェクトに取り組む1人の生徒は、自分のキャリアプラン(進路プラン)に手助けしてくれた会社のジュニア・エクゼキュティブのところに行き、感謝と共にブルーリボンを進呈し、残りの2本を渡しました。プロジェクトの内容を説明し、結果を伝えてください、とお願いして。



そのジュニア・エクゼキュティブは同じ会社のボスのところに行きました。そのボスはちょっと意地悪で文句ばかり言うことで有名です。でも、ジュニア・エクゼキュティブは言いました。


“あなたは創造力豊かな天才です。”


そしてブルーリボンを胸につけてあげ、高校生から伝えられたプロジェクトの主旨を説明し、残り1枚のブルーリボンを渡しました。

そのボスはちょっとたじろぎましたが、うれしそうに受け取りました。




帰宅したボスは、その夜、14歳の息子と膝を突き合わせて話しました。



“今日ね、お父さんに信じられないことが起きたんだよ。部下が私のところに来て、とても尊敬しているというんだ。創造力豊かな天才だ、ってね。そしてこのブルーリボンをプレゼントしてくれた。そしてもうひとつのブルーリボンを私に渡して誰かに進呈して欲しいというんだがね。”


“会社からの帰り道、車を運転しながら、さて、誰を表彰しようかと考えたときに、オマエのことが頭に浮かんだんだよ。”


“お父さんは仕事が忙しくて、早い時間に帰宅することもなかなか出来なくてちっとも一緒に過ごすことがないし、成績が悪いといっては怒鳴ったり、寝室が汚れてると文句を言ってばかりだよね。”


“でも、今夜はどういうわけか、どうしてもオマエとこうして向き合って、オマエがどんなに私の人生に違いをもたらしているか、伝えたくなってね。”

“お母さんとともに、オマエは私にとって本当に大切な存在なんだよ。オマエは素晴らしい子どもだ。お父さんはオマエのことが大好きだよ。”


それを聞いた息子は驚いた表情をし、そのあと身体を震わせながら泣き続けました。


そして息子は涙を振り絞って父親にこういいました。



“お父さん、今日僕は自分の部屋でお父さんとお母さんに手紙を書いていたんだ。どうして僕がこの命を絶ってしまうのか伝え、二人に謝罪を求める手紙を。僕は今夜二人が寝静まった頃に自分の命を絶とうとしてたんだ。僕はお父さんが僕のことなんてどうでもいいんだって思ってた。”


“手紙は部屋においてあるよ。でも、でも、もうあんな手紙は必要なくなったね。”


父親はその子の部屋に行き自分たちにあてた、悲しみや心の痛みいっぱいの息子の手紙を見つけました。





その父親、ボスは、まったく違う人間になって会社に戻ります。部下に文句を言うのはもうやめ、部下の一人一人を讃え、部下一人一人がどんなに素晴らしい貢献をしどんなにかけがえのない存在かということをしっかり口に出して伝えるようになりました。



ジュニア・エクゼキュティブは、そのボスの息子も含め多くの若者たちのキャリアプランニングの手助けを続け、一人一人に対し、それぞれが自分にとってどんなに素晴らしい違いをもたらしているかを伝えるようになりました。


このプロジェクトを進めた高校生徒と教師はこの体験から多くのことを学びました。そして素直に自分を表現することが社会を変えていくということを身をもって体験したのです。



自殺や犯罪のない理想的な社会は非難や懲罰からは生まれません。


誰もが一生懸命生きていることを認め合い励ましあうことから生まれるのだと思います。

ここで素晴らしいのは自殺を考えていた子供の父親がかけがえのない息子の命を失う前に変わることができたことだと思います。

頑固一徹であろうと父親も人の子、それまで周りの人に認められようと必死に生きてきたに違いありません。必死のあまり人当たりが厳しくなったのでしょう。

ブルーリボンに託された息子と同年代のプロジェクトに関わる子供達の視線を感じたのかもしれません。動機はどうであれ、息子に心を開くことになったわけです。

私達は社会に問題が起きると往々にしてその現象にフォーカスしがちです。現象をなんとか食い止めようとするわけですが、なかなか思うように社会は変わっていかないのが現実です。

病気もそうでしたね。切ればいい、薬でその細胞を殺せばいい。そういった姿勢は、食生活から根本的に原因を解消する方法と異なり、副作用からの弊害を併発することになりました。

もし、ここで父親が関与しない状況で他からの力でこの息子の自殺を食い止めることができたとします。それは現象を食い止めることです。

でも、父親が息子に対して心を開かない限り、自殺行為までがその息子の失態となって、彼の目に映り、やがてはまた息子を追い詰めることになったかもしれないわけです。

現象ではなく原因から変えていく。そういう意味で、私達はもう、“この人なら分かり合えそう。仲良くしましょうね。”というレベルで愛を唱えていてもだめだと思うのです。

、自分が住んでる世界とまったく異なる世界に住む人間や、敵とみなされる人にまで、これからの私達は愛を、そしてその人を受け入れ賛美する姿勢の輪を広げていかないといけないのだと思います。


人を表面的なことで判断せずに、誰にでも愛(感謝の気持ち)を伝え続けていく、ということ大切だなと思います。

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たとえばなし★

2009/01/28 18:30








昔むかし、まだ時というものがなかったころ、『ちいさな魂』が神さまに言いました。

「ぼくがだれだか、わかりましたよ!」

神さまは答えました。

「それはすばらしいね!で、きみはだれなの?」

ちいさな魂は、力いっぱい叫びました。

「ぼくは光なんです!」

神さまもにっこりして、大きな声で答えました。

「そのとおりだ!きみは光だよ。」

ちいさな魂は、とっても幸せでした。 だって、神さまの王国にいる魂のすべてが知りたがっていたことを知ったのですから。

「ぼくたちって、なんてすてきなんだろう!」

ところが、しばらくするとそれだけでは満足できなくなりました。 ちいさな魂は、なんだかむずむずしてきたのです。
そして、自分自身を体験したくなりました。

そこでちいさな魂は、また神さまのところへもどってこういいました。

「神さま!ぼく、自分がだれだかわかったから、こんどは自分を体験したいな。いいですか?」

神さまは答えました。

「おやおや、きみはもう、きみ自身なのに、 それを体験したいというのかな?」

「そうなんです。」 と、ちいさな魂は答えました。

「自分がだれだか知っていることと自分自身を体験することとは、ちがいますよね。ぼく、自分が光だっていうのはどんな感じなのか 体験してみたいんです。」

「だが、きみはもう光なんだよ。」神さまはまた、ほほえみました。

「ええ、知ってます。 でも、光であるってどんな感じがするのか、知りたいんですよ!」

ちいさな魂は大きな声でいいました。

「そうかそうか。」 神さまはくすくす笑っていいました。

「それも無理はないね。きみには冒険心があふれている。」 それから、神さまはちょっとむずかしい表情になりました。

「ただし、ひとつだけ困ったことがあるのだが・・・。」

「困ったことってなんですか?」ちいさな魂は、たずねました。

「光でないものは、なにもないってことだよ。わたしが創ったきみたちは、なにもかも、すべてが光なんだ。光いがいにはなにもない。 だから、きみ自身を体験するのはかんたんじゃない。だって、きみとちがうものは、なにもないんだからね。」 神さまはいいました。

「そうなんですか?」 ちいさな魂はつぶやきました。なんだか混乱してきたのです。

「こう考えてごらん。」 神さまはいいました。

「きみたちは太陽のなかにあるロウソクのようなものだ。きみたちは、たしかにそこにいる。なん億、なん兆、いや無数のロウソクがあつまって太陽をつくっている。 きみたちがいなければ、太陽も存在しない。きみがいなくても、太陽は太陽だが、 ロウソクの一本たりない太陽だ。それは太陽じゃないんだよ。完全な太陽ほど、明るくかがやけないからね。 しかし、光のまっただなかにいたら、どうして自分が光だと感じられるだろう。それが問題だな。」

「でも、あなたは神さまでしょう。」 ちいさな魂は思いきっていいかえしました。

「なにか方法をかんがえてください。」

すると神さまはほほえんでいいました。

「もう考えたよ。 光のなかにいたのでは、自分が光だってことを感じられないから、 きみを闇でつつんであげよう。」

「闇ってなんですか?」 ちいさな魂はたずねました。

「闇とはきみでないものだよ。」 神さまはいいました。

「闇ってこわいのかな?」 ちいさな魂はつぶやきました。

「こわがろうと思えばね。」神さまは答えました。

「ほんとうは、こわいものなんか、なにもないんだ。こわいかどうかは自分できめる。だって、なにもかも自分でつくりだしているんだからね。 こっこ遊びのようなものさ。」

「そうなのか。」 ちいさな魂は少し安心しました。

それから神さまは、くわしく説明してくれました。何かを体験しようと思ったら、その反対のことが起こらないといけないのです。

「それはすばらしい贈りものなんだよ。」 神さまはいいました。

「だって反対のことがなければ、なにもわかりはしないのだからね。寒さがなければ暖かさもない。上らなければ、下ることはできない。遅いってことがなければ、速いということもない。右がなければ、左もない。あそこがなければ、ここもない。 あのときがなければ、いまもないんだよ。だから闇につつまれても拳をふりまわしたり、大声でさけんだり、 闇を呪ったりしなくていいんだ。それよりも、闇にたいする光でありなさい。腹をたてたりしないこと。そうすれば、ほんとうの自分がわかるし、 ほかのひとたちにも、ほんとうのきみが伝わるよ。光りかがやいて、 みんなに、きみは特別なんだってことを知らせてやりなさい!」

「ぼくは特別なんだ、っていってもいいんですか?」 ちいさな魂はききかえしました。

「いいとも!」 神さまは笑いました。

「ぜんぜん、かまわないよ!ただし、『特別』だというのは、『人より優れている』ということじゃない。 そのことを忘れないようにしなさい。 みんながそれぞれ、特別なんだから! それを忘れている者がたくさんいるんだよ。そういうひとたちは、 きみが特別でいいんだとみせてやると、はじめて、自分も特別でいいんだな、と思うようになる。」

ちいさな魂はうれしくて、笑いながら飛んだりはねたりしました。

「ぼくは、すきなだけ特別になれるんだ!」

「そうだとも。いますぐはじめていいよ。」神さまは笑いながら、ちいさな魂といっしょになってスキップしました。

「きみはどんなふうに特別になりたいのかな?」神さまはききました。

「どんなふうに特別ですか?」 ちいさな魂は、いいました。

「よくわからないんですけど。」

「光であるというのは特別なことで、その特別にはいろんな面があるんだよ。」神さまは説明しました。

「特別に親切というのもある。 特別にやさしいというのもある。特別に創造力があるとか、特別にがまん強いというのもあるな。 ほかに、どんな特別を考えられる?」

ちいさな魂は、おとなしくすわって首をひねり、それから叫びました。

「たくさん特別が考えられますよ! 特別に人の役に立つ。特別に気前がいい。特別に友情にあつい。 それから、特別に思いやりがある!」

「うまいぞ!」 神さまはうなずきました。

「いつだって、きみはそのすべてになれるし、そのうちのひとつを選ぶこともできる。 それが、光であるっていうことだからね。」

「ぼく、なにになりたいかわかりますよ! なにになりたいか、わかってます!ちいさな魂は、興奮して大声をあげました。」

「ぼく、『ゆるす』ということで特別になりたいな。 『ゆるす』という特別もありますよね?」

「あるとも」神さまは、ちいさな魂にうけあいました。「それも、とっても特別なことだよ。」

「それじゃ、ぼくはその特別になります。 特別に『ゆるす』っていうことを、体験してみたいな。」 ちいさな魂はいいました。

「よろしい。ただし、 ひとつやっかいなことがあるね。」神さまはいいました。

ちいさな魂はすこしじれてきました。 だって、話がなかなか先へ進まないようでしたから。

「やっかいなことってなんですか?」 ちいさな魂は、ためいきまじりにたずねました。

「『ゆるす』相手がいないということだ。」

「いないんですか?」 ちいさな魂は、自分の耳が信じられませんでした。

「いないんだよ!」 神さまはくりかえしました。

「わたしが創ったものは、すべてが完璧だ。わたしが創造した魂はみんな、きみとおなじように完璧なんだよ。見まわしてごらん。」

そういわれて、ちいさな魂は、 おおぜいの魂にとりかこまれているのに気づきました。

ちいさな魂が神さまと『ふつうではない対話』をしている。そうきいた魂たちは、どんなことを話しているのか知りたくて、 はるばる遠くから、それも神さまも王国のあらゆる所からやってきたのです。

無数の魂たちがあつまっているのを見て、 ちいさな魂も、うなずかずにはいられませんでした。
どの魂もそれぞれに素晴らしく、みごとで、 ちいさな魂とおなじように完璧でした。
そんな素晴らしい光の魂たちがあつまっているのですから、それはそれは明るくて、目もくらむばかりでした。

「ほらね。だれを『ゆるし』たらいいだろう?」 神さまはいいました。

「そんなの困りますよ!」 ちいさな魂は不満でした。
「ぼくは『ゆるす』という特別を体験したかったのに。 それがどんな感じか、知りたかったのに。」

そのとき、ちいさな魂は、 これが『悲しみ』というものなのかな、と思いました。

すると、あつまった魂たちのなかから、『友情あふれる魂』が、すすみでました。

「心配しなくていいわ。ちいさな魂さん。」友情あふれる魂はいいました。

「わたしが助けてあげる。」

「きみが?」 ちいさな魂は、ぱっと顔をかがやかせました。

「でも、きみになにができるかなあ?」

「なにか、あなたに『ゆるされる』ことをしてあげるわ」

「そんなことできるの?」

「できますとも!」友情あふれる魂は、明るい声で叫びました。

「次の人生であなたと出会って、なにかあなたに『ゆるされる』ことをすればいいのよ。」

「でもどうして? どうして、そんなことをしてくれるの?」 ちいさな魂はたずねました。

「だってきみはそんなに完璧な存在なのに! きみの振動がとっても速くて、明るくかがやいているので
まぶしくて見ていられないくらいだよ! それなにに、その振動を遅くして、明るい光を重たい闇にかえてしまうなんて。 どうして、そんなことをしようと思うの? きみは星のあいだでかるがると踊り、神さまの王国を、思考とおなじ速さで飛びまわっている。 そのきみが、つぎの人生でぼくと出会い、重くなってわるいことをしてくれるなんて。どうして?」

「かんたんだわ。」 友情あふれる魂は答えました。


「あなたを愛しているから。」

ちいさな魂はそれをきいてびっくりぎょうてんしたようでした。

「そんなに驚かなくてもいいのに」 友情あふれる魂はいいました。

「あばただって、おなじことをしてくれたのよ。忘れた?わたしたちはなんどもなんどもいっしょに踊ったじゃないの。
永劫のときをこえ、あらゆる時代をこえて、 わたしたちはいっしょに踊ったわ。あらゆる時、あらゆる場所で、一緒に遊んだわ。 あなたが覚えていないだけ。だってわたしたちはどちらも、『すべてであるもの』だもの。わたしたちは上昇であり下降、左であり右なの。 ここでありあそこ、いまであり昔なのよ。男性であり女性、善であり悪。そして被害者であり、加害者なんだわ。 だから、わたしたちはこれまでも数えきれないくらい出会ってきた。そして、相手がほんとうの自分を表現し、体験するための完璧なチャンスを与えあってきたの。」

「だからね」 友情あふれる魂は続けました。

「あなたのつぎの人生では、わたしが『わるいひと』になるわ。そして、もっともひどいことをする。そうしたら、あなたは、 『ゆるす』ということを体験できるのよ。」

「でも、どんなことをするの?」 ちいさな魂は、すこし落ち着かない気持ちになりました。

「どんなひどいことなんだろうなあ?」

「そうねえ」 友情あふれる魂は、目をきらきらさせて答えました。

「なにか考えましょうよ。」

それから、友情あふれる魂は、ちょっと真剣な表情になって、 しずかな声でいいました。
「あなたのいうとおりだわ」

「なにが?」 ちいさな魂はたずねました。

「わたしは振動を遅くして重くなり、『それほどすてきではないもの』にならなくちゃいけない。自分とはぜんぜんちがうもののふりをするの。 だからひとつだけ、 お返しにおねがいしたいことがあるんだけど・・・。」

友情あふれる魂はいいました。

「なんでもきくよ、なんだって!」 ちいさな魂はさけんで、歌ったり踊ったりしはじめました。

「ぼくはゆるせる。ぼくはゆるせるんだ!」

ところが友情あふれる魂のほうは、ひっそりと、とてもしずかなのです。

「どうしたの?」 ちいさな魂はききました。

「ぼくはなにをしてあげればいいの? ぼくを助けてくれるなんて、きみはほんとうにすてきな天使だね。」

「もちろん、この友情あふれる魂は天子だよ!」神さまが口をはさみました。

「だれでもみんな天使なんだ! それをいつも忘れないように。わたしはきみたちのところへ、 天使のほかには、なにも送ってはいないのだからね。」

そこで、ちいさな魂は、 ますます友情あふれる魂のねがいをかなえてあげたいと思いました。

「ね、ぼくは、なにをしてあげればいいの?」

「わたしがあなたを攻撃し、打ちのめしたとき、思いつくかぎりのひどいことをしたとき、そのときに・・・」

友情あふれる魂は、口ごもりました。

「うん、そのときに?」 ちいさな魂は、待ちきれなくなっていいました。

「そのときに・・・?」

「ほんとうのわたしを、覚えていてほしいの。」


「覚えているとも!」 ちいさな魂は叫びました。

「約束するよ!いつも、いつまでも、いまここにいるきみを覚えているって。」

「よかった」 友情あふれる魂はいいました。

「だってね、自分ではないもののふりをするのは、いったん、ほんとうの自分を忘れなくてはならないのよ。あなたがほんとうのわたしを覚えていなかったら、 わたしも思い出せなくなるかもしれない。 わたしがほんとうの自分を思い出せなかったら、 あなたまでほんとうの自分を忘れてしまい、ふたりとも迷子になってしまうわ。そうしたら、だれかべつの魂がやってきて、 ほんとうのわたしたちを思い出させてくれるまで、迷っていかなければならないでしょう。」

「だいじょうぶ、忘れないよ!」 ちいさな魂はもういちど約束しました。

「きみのことは、けっして忘れない! 贈りものをいつまでも感謝するよ。ほんとうのぼくを体験するチャンスという贈りものをくれて ほんとうにありがとう。」

こうして約束ができました。

ちいさな魂は、いさんであたらしい人生に向かいました。光であること、特別であることに胸をおどらせ、
『ゆるす』という特別なことを体験しようと わくわくさせながら。


ちいさな魂は『ゆるしてあげる』という体験をしました。
その機会を与えてくれるすべての魂と出会い、その魂が喜びや悲しみをもたらしたとき、とくに悲しみをもたらしたときいこそ、いつも神さまの言葉を思い出すのでした。

「いつでも覚えているんだよ。」神さまは、ほほえみながら言ったのです。

「わたしはきみたちのところへ、天使のほかには、なにも送ってはいない。」



サンマーク出版「神との対話」
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東京ディズニーランドの中にあるレストランでのお話

2009/01/28 17:20




東京ディズニーランドの中にあるレストランでのお話です。

若い夫婦が二人でそのレストランに入りました。
店員はその夫婦を二人がけのテーブルに案内し、
メニューを渡しました。

するとその夫婦はメニューを見ずに

 「お子様ランチを2つ下さい。」

とオーダーしたのです。
店員は驚きました。

なぜなら、ディズニーランドの規則で、
お子様ランチを提供できるのは
9歳未満と決まっているからです。

店員は、

 「お客様、誠に申し訳ございませんが、
  お子様ランチは9歳未満のお子様までと
  決まっておりますので、
  ご注文はいただけないのですが...」

と丁重に断りました。
すると、その夫婦はとても悲しそうな顔をしたので、
店員は事情を聞いてみました。

 「実は…」

と奥さんの方が話し始めました。

 「今日は、亡くなった私の娘の誕生日なんです。
  私の体が弱かったせいで、娘は最初の誕生日を迎えることも
  出来ませんでした。子供がおなかの中にいる時に主人と

  “3人でこのレストランでお子様ランチを食べようね”

  って言っていたんですが、それも果たせませんでした。
  子どもを亡くしてから、しばらくは何もする気力もなく、
  最近やっと落ち着いて、亡き娘にディズニーランドを見せて
  三人で食事をしようと思ったものですから…」

店員は話を聞き終えた後、

 「かしこまりました」

と答えました。そして、その夫婦を二人掛けのテーブルから、
四人掛けの広いテーブルに案内しました。

さらに、

 「お子様はこちらに」

と、夫婦の間に子供用のイスを用意しました。
やがてそのテーブルには、お子様ランチが3つ運ばれてきました。
その店員は笑顔でこう言いました。

 「ご家族で、ごゆっくりお過ごし下さい」


この夫婦から後日届いた感謝状にはこう書かれていました。

 「お子様ランチを食べながら、涙が止まりませんでした。
  まるで娘が生きているように、家族の団らんを味わいました。
  こんな体験をさせて頂くとは、夢にも思っていませんでした。
  もう、涙を拭いて、生きていきます。

  また来年も再来年も、娘を連れてディズニーランドに行きます。
  そしてきっと、この子の妹か弟かを連れて行きます。」


さて、この店員の行動は明らかに規則違反です。

しかし、この行動について上司からお咎めを受けることは
ありませんでした。なぜなら、この店員はディズニーランドが
最も重要視しているルールに従って行動したからです。

それはお客さんに夢と感動を与えること。





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世界一風変わりなセラピスト

2009/01/28 16:16



by Dr. Joe Vitale
www.mrfire.com

Two years ago, I heard about a therapist in Hawaii who cured a complete ward of criminally insane patients--without ever seeing any of them. The psychologist would study an inmate's chart and then look within himself to see how he created that person's illness. As he improved himself, the patient improved.

二年前に、ハワイに住む一人のセラピストの話を聞いた。
その人は精神障害者(刑罰に問われたものの、精神障害を理由に不起訴、減刑、あるいは無罪となった人のこと)の病棟に収容されていた人たち全員を、誰一人診察することなく癒したそうだ。その心理学者は患者のカルテを読み、自分がどのようにしてその人の病気を創りだしたのかを理解するために、自分の内側を見たのだそうだ。彼が自分自身を改善するにつれて、患者も改善したという。

When I first heard this story, I thought it was an urban legend. How could anyone heal anyone else by healing himself? How could even the best self-improvement master cure the criminally insane?

最初にこの話を聞いたとき、都市伝説だと思った。

自分自身を癒すことによって他の誰かを癒すなんてことがどうやってできるだろう?

最高の自己改善の達人であったとしても、どうやって精神障害者を癒すことができるだろう?

It didn't make any sense. It wasn't logical, so I dismissed the story.

私には理解できなかった。

論理的な話ではなかったので私は受け入れなかった。

However, I heard it again a year later. I heard that the therapist had used a Hawaiian healing process called ho 'oponopono. I had never heard of it, yet I couldn't let it leave my mind. If the story was at all true, I had to know more.

しかし、一年後に同じ話をまた聞くことになった。

セラピストはホ・オポノポノというハワイの癒しのプロセスを使ったのだという。
初めて聞くものだったが、忘れることができなかった。もしその話が本当なら、私はもっと知らなければならなかった。

I had always understood "total responsibility" to mean that I am responsible for what I think and do. Beyond that, it's out of my hands. I think that most people think of total responsibility that way. We're responsible for what we do, not what anyone else does. The Hawaiian therapist who healed those mentally ill people would teach me an advanced new perspective about total responsibility.

私は「完全な責任」とは、私の言動に対する責任は私にあるという意味だと前々から理解していた。

その向こうのことは、自分の管理を離れていると。

ほとんどの人たちは完全な責任というものをそのように考えているのではないかと思う。

私たちは自分の行いに対して責任があるのであって、他の人の行いに対してではない。精神病の人々を癒したハワイのセラピストは、私に完全な責任についての進化した新しい観点を教えてくれることになった。

His name is Dr. Ihaleakala Hew Len. We probably spent an hour talking on our first phone call. I asked him to tell me the complete story of his work as a therapist. He explained that he worked at Hawaii State Hospital for four years. That ward where they kept the criminally insane was dangerous. Psychologists quit on a monthly basis. The staff called in sick a lot or simply quit. People would walk through that ward with their backs against the wall, afraid of being attacked by patients. It was not a pleasant place to live, work, or visit.

彼の名はイハレアカラ ヒューレン博士。
私たちは最初の電話でたぶん一時間は話しただろう。

彼にセラピストとしての仕事の全貌を語ってくれるようお願いした。彼はハワイ州立病院で4年間働いたことを話してくれた。精神障害者を収容していた病棟は危険なところで、心理学者は月単位でやめていき、職員はよく病欠の電話をかけてきて、やめていく人もいたそうだ。

人々がその病棟内を歩くときには、患者に攻撃されないように壁に背中をくっつけて通ったらしい。それは生活するにも働くにも訪ねるにも心地よい場所ではなかった。

Dr. Len told me that he never saw patients. He agreed to have an office and to review their files. While he looked at those files, he would work on himself. As he worked on himself, patients began to heal.

レン博士は一度も患者を診なかったのだそうだ。
彼は診療室を持って患者らのファイルに目を通すことには合意した。それらのファイルを見ながら、彼は自分自身に働きかけた。
彼が自分自身に働きかけるにつれて、患者に癒しが起きはじめた。

"After a few months, patients that had to be shackled were being allowed to walk freely," he told me. "Others who had to be heavily medicated were getting off their medications. And those who had no chance of ever being released were being freed."

「2、3月後には、以前は手足を縛られていた患者たちが、自由に歩くことを許可されていました」と彼は言った。

「多量の投薬が必要だった人たちは、投薬をやめつつありました。そして退院の見込みのなかった人たちが退院していったのです。」

I was in awe.

私は畏敬の念に打たれた。

"Not only that," he went on, "but the staff began to enjoy coming to work. Absenteeism and turnover disappeared. We ended up with more staff than we needed because patients were being released, and all the staff was showing up to work. Today, that ward is closed."

「それだけではありません」




彼は続けた。
「職員が仕事に来ることを楽しみ始めたのです。常習的欠勤や退職は消え去りました。患者は退院していくし、職員全員が仕事に来るようになったので、最後には必要以上の人数の職員が残りました。現在、その病棟は閉鎖されています。」

This is where I had to ask the million dollar question: "What were you doing within yourself that caused those people to change?"

ここで私は問わなければ気がすまなかった。

「それらの人々に変化をもたらすような何を、あなたは自分自身の中で行っていたのですか?」

"I was simply healing the part of me that created them," he said.

「私は彼らを創りだした自分の中の部分(パート)を癒していただけです」と彼は言いました。

I didn't understand.

私には分からなかった。

Dr. Len explained that total responsibility for your life means that everything in your life - simply because it is in your life--is your responsibility. In a literal sense the entire world is your creation.

レン博士は説明した。

あなたの人生への完全な責任とは、あなたの人生の中の全てが――単にそれがあなたの人生に存在しているというだけの理由で――あなたの責任なのだと。文字どおりの意味で、全世界があなたの創造なのだと。

Whew. This is tough to swallow. Being responsible for what I say or do is one thing. Being responsible for what everyone in my life says or does is quite another. Yet, the truth is this: if you take complete responsibility for your life, then everything you see, hear, taste, touch, or in any way experience is your responsibility because it is in your life.

ヒャー。これはなかなか納得できるものではない。

自分の言動が自分の責任だということと、私の人生におけるあらゆる人の言動の責任が私にあるというのは全く別の話ではないか。

それにもかかわらず、実際のところは、もしあなたが自分の人生の全責任を負うならば、あなたが見たり、聞いたり、触れたり、その他どんな方法であれ、あなたが経験する全てがあなたの責任なのだ。それはあなたの人生の中にあるのだから。

This means that terrorist activity, the president, the economy--anything you experience and don't like--is up for you to heal. They don't exist, in a manner of speaking, except as projections from inside you. The problem isn't with them, it's with you, and to change them, you have to change you.

これはつまり、テロリストの活動、大統領、経済――あなたが経験していて好きではないこと――を癒すのは、あなた次第だということである。

言ってみれば、それらは存在してはいないのだ。
あなたの内面からの投影である以外には...
問題は彼らに関するものではなく、あなたに関するものであり、それを変えるには、あなたはあなたを変えなくてはいけないのだ。

I know this is tough to grasp, let alone accept or actually live. Blame is far easier than total responsibility, but as I spoke with Dr. Len, I began to realize that healing for him and in ho 'oponopono means loving yourself. If you want to improve your life, you have to heal your life. If you want to cure anyone--even a mentally ill criminal--you do it by healing you.

このことは把握するのも難しく、ましてやそれを受け入れて実際に生きることはもっと難しいとわかっている。

非難のほうが、完全な責任よりもはるかに簡単である。

しかし、レン博士と話すにつれて私は気づき始めた。

彼にとっての癒し、そしてホオポノポノにおける癒しとは、
『あなた自身を愛すること』なのだと。

あなたが自分の人生を改善したければ、あなたは自分の人生を癒さなければならない。

もしあなたが誰かを癒したければ―たとえそれが精神障害を持った犯罪者であっても―あなたはそれを、自分自身を癒すことによって行うのだ。

I asked Dr. Len how he went about healing himself. What was he doing, exactly, when he looked at those patients' files?

どのようにして自分自身を癒すことに取り組んでいたのかと私はレン博士にたずねた。患者のカルテを見ていたときに、彼は具体的には何をしていたのだろう?

"I just kept saying, 'I'm sorry' and 'I love you' over and over again," he explained.

「私はただ『ごめんなさい(I'm sorry)』と『愛しています(I love you)』を何度も何度も言い続けていただけです」と彼は話した。

That's it?

それだけ?

That's it.

それだけ。

Turns out that loving yourself is the greatest way to improve yourself, and as you improve yourself, your improve your world. Let me give you a quick example of how this works: one day, someone sent me an email that upset me. In the past I would have handled it by working on my emotional hot buttons or by trying to reason with the person who sent the nasty message. This time, I decided to try Dr. Len's method. I kept silently saying, "I'm sorry" and "I love you," I didn't say it to anyone in particular. I was simply evoking the spirit of love to heal within me what was creating the outer circumstance.

あなた自身を愛することが、あなた自身を好転させる最も素晴らしい方法であり、あなた自身を好転させるにつれて、あなたはあなたの世界を好転させるということが判明した。

これがどのように機能するかの簡単な例をあげてみよう。

ある日、誰かが私を不愉快にさせるメールを送ってきた。
過去そういう時には、私は自分に感情的な反応を引き起こすものについて、あるいは





意地悪なメッセージを送ってきた人に理を説こうとすることで処理したものだった。

今回私はレン博士のメソッドを試すことにした。私は「ごめんなさい」と「愛しています」を声に出さずに言い続けた。

特定の誰かに向かって言ったわけではなかった。私はただ愛の精神を呼び起こし、この外側の状況を創り出した自分の中を癒そうとしただけだった。

Within an hour I got an e-mail from the same person. He apologized for his previous message. Keep in mind that I didn't take any outward action to get that apology. I didn't even write him back. Yet, by saying "I love you," I somehow healed within me what was creating him.

一時間もしないうちに同じ人からメールが来た。

彼はさっきのメッセージについて謝罪していた。私は謝ってもらうために外側に何も働きかけをしていないことを覚えておいてほしい。私は返事すら書いていなかったのだ。にもかかわらず、「愛しています」と言うことで、私はどういうわけか彼を創り出していた自分の内側を癒すことができた。

I later attended a ho 'oponopono workshop run by Dr. Len. He's now 70 years old, considered a grandfatherly shaman, and is somewhat reclusive. He praised my book, The Attractor Factor. He told me that as I improve myself, my book's vibration will raise, and everyone will feel it when they read it. In short, as I improve, my readers will improve.

その後、私はレン博士が開いたホ・オポノポノのワークショップに参加した。彼は今では70歳で、優しい祖父のようなシャーマンと見なされていて、少々引きこもりがちである。

彼は私の著書『The Attractor Factor』をほめてくれた。
私が自分を向上させるにつれて、私の本の波動が上がり、人々が本を読むときに皆それを感じるだろうと彼は語った。

"What about the books that are already sold and out there?" I asked.

要するに、私が向上すると、私の読者も向上するということだ。

"They aren't out there," he explained, once again blowing my mind with his mystic wisdom. "They are still in you."

すでに売られて外に出ている本についてはどうなんですか?と私はたずねた。

In short, there is no out there.

「それらの本は外にあるのではない。」彼が持つ神秘の知恵に私はとても驚いた。「未だにあなたの中にあるんだ」

つまり、
〜外なんてない〜ということだ。

It would take a whole book to explain this advanced technique with the depth it deserves. Suffice it to say that whenever you want to improve anything in your life, there's only one place to look: inside you.

この高度な技術を、それが値する深さとともに説明しようとしたら、本が一冊書けるだろう。

あえて言うなら、あなたがあなたの人生の中のどんなものでも改善したいのなら、見るべき場所はただひとつ、あなたの中である、ということだ。

"When you look, do it with love."

「あなたが見る時は、愛をもって見るように」

*・゜゜・*:.。..。.:*・゜・*:.。. .。.:*・゜゜・**・゜゜・*

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幸せになる『おたがいさま』

2009/01/28 15:46






ある時、エリクソン博士の旅行先に、
お金持ちのおばあさんが訪ねてきました。


「私はお金に不自由は全くなく、大邸宅に住んでいます。

イタリアから取り寄せた見事な家具に囲まれて、
コックが毎日、素晴らしい料理を作ってくれます。

私は庭仕事が好きでしますが、
ほかのことは全部メイドがやってくれます。

けれども私ほど不幸な者はいません。
寂しくて寂しくてたまりません」

とその人は訴えました。


エリクソン博士はその話を黙って聞いていました。


『わかりました。あなたは教会に行きますか?』


「時々行きます」


『では、あなたが行っている教会で、
その教会に属している人のリストをもらいなさい。

そのリストに誕生日を書き入れてもらいなさい』
と言いました。


『あなたは庭仕事が好きといったけれど、
園芸の中で何をするのがいちばん好きですか?』


「アフリカすみれを育てるのがいちばん好きです。

水やりも大変ですし、そう簡単には増えません。
でも私はそれが上手にできます」

と老婦人は答えました。


『家に帰ったら、教会の人のリストを誕生日の順に並べなさい。

そして、誕生日が来た人のところに、
あなたが育てた花にきれいなカードを添えて置いてきなさい。

誰にも見つからないように、
そして、誰から来たかわからないようにするのですよ。

これが宿題です。そのうちに、
あなたがいちばん幸せな人になることを請け負います。

もし幸せになれなかったら、
飛行機に4時間乗って、私のところにいらっしゃい』

と博士は言いました。


その老婦人は心が虚ろでたまらなかったので、さっそくこれを試してみました。


博士から言われたとおりに、
今月は誰が誕生日か調べ、きれいな鉢を作りました。


誰にも見つからないように、
朝三時に起きてこっそり鉢を届けました。


そのうちに、そのことが町で評判になりました。


この町は素晴らしい町で、
天使が誕生日にすみれの鉢をお祝いに持って来てくれる、
という噂がたちました。


なぜなら贈り主がわからなかったからです。


その人はエリクソン博士に電話をかけて、


「誰にも気づかれないで宿題は成功しています」
と報告しました


博士は

『あなたはどうですか、まだ不幸ですか?』と聞きました。


老婦人は「えっ、私が不幸だなんて…」と答えました。


『あなたは半年前に私のところに来て、

「私ほど不幸な者はおりません。お金もあるし立派な家もあるけれど、
心の中は空っぽです」

と、私に話したではありませんか』

とエリクソン博士が言いました。


老婦人は

「そうでしたね。すっかり忘れていました」と答えました。


3ヶ月が経ってクリスマスがきました。


クリスマスの夜に、その老婦人からエリクソン博士にまた電話がかかってきました。


「先生、今日のクリスマスほど不思議なクリスマスはありませんでした。


庭師が大きな門のそばにクリスマスツリーを飾りました。


今朝、そのツリーの下に、クリスマスプレゼントがたくさん置かれていました。


その贈り物には名前もなんにも書かれていません。
でもどれも私がほしいようなものでした。


いつも私がかぶっているような帽子だとか、
いつもしている手袋とピッタリ合うスカーフなどが並んでいました。


花の種や新しい誕生日カードもたくさんありました。


いったい誰から贈られたのかわかりません」



町に住む1人のおばあさんが、
明日は85歳になるから老人ホームに入ろうと家族で相談していました。


そして、我が家で最後の誕生日を向かえ、皆に祝ってもらいました。


テーブルの上にきれいなすみれの鉢が置いてあるので、


おばあさんが
「これは誰からのプレゼント」と聞きました。


「天使から」と家族中が答えました。


おばあさんは本当に天使からだと思いました

自分のことを思ってくれる人が家族以外にいる、ということがとても嬉しかったのです。


老人ホームに行くのはとても寂しかったけれど、移っていく勇気が湧いてきました。


この家族が、あんなにおばあさんの気持ちを変えるような贈り物をしてくれた人は誰だろうと調べました。


それが大邸宅の奥様だとわかりました。


何も不自由はしていないだろうけれども、自分たちも同じことをしようと思い、

町中で相談して贈ったのです。


「自分の人生の中で、こんなにうれしいクリスマスを迎えたことはありません」

と老婦人は言いました。


エリクソン博士は

『“おたがいさま”という言葉があるように、
あなたは喜んで今日のプレゼントをもらっていいのですよ。

あなたが庭に種を蒔くと、その種は花になってあなたのところに返ってきます。

あなたは小さい種をいっぱい蒔いたから、立派な花になってクリスマスに返ってきてくれたのですよ』

と言いました。

*・゜゜・*:.。..。.:*・゜・*:.。. .。.:*・゜゜・**・゜゜・*


よくボランティアや介護などをしている人はこう言います。

『相手に元気を与えているようで、実は自分が相手から元気をもらっているんですよ』と。

与えることと 受け取ることは 1つのことです

もし あなたも心がモヤモヤしたり、憂鬱だと感じたら、

外に出て、ごみを1つ拾うだけでもいいです。

何か小さい事でもいいから してみましょう。


これは人のためならず、自分のため です。


あなたが幸せならば、あなたの周りにいる人にも幸せが広がっていくんですね。


まずは、

他人を意識して比較するのではなく、自分を意識してできることをやること

気になることを考えるのではなく、できることを行動するのです

生きるとは表現することであり、表現するとは行動することです


行動しなければ、傷つくことはありませんが、
同時に満たされることもありません。

失敗しなかった1日は 何も挑戦しなかった1日であり、
自分にどれだけ挑戦できたかで毎日の充実度は変わってきます


あなたの人生を豊かにするのは、行動するための少しの勇気と、たくさんの失敗 です


mixiの幸せはいつも自分の心が決めるのコミュニティーからの抜粋です
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自分を信じる

2009/01/27 21:35




新たな領域に移る時の恐れの対処法
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もんじゃ焼きの店長さん♪

2008/12/23 15:51





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たいせつなもの

2008/12/05 23:25



「どうして涙って落ちてくるの?」

★心に何かが響くからじゃないかな。


「心に響いてるから泣いてるの?」

★うん。そうだね。辛いことも悲しいことも嬉しいことも
 きっと心で感じるからだろうね。


「なんだか悲しい涙にみえる」

★そうだね。そういう悲しみも心にもってるからね。


「悲しい涙は伝染するんだね。おかあさん」

★伝染するかもしれないね。ちゃんと気持ちが通じたらね。


「だってほら涙出てきちゃったよ。まゆちゃんも。」

★ごめんね。今だけちょっと泣かせてね。


「いいよ。だって人間なんだもん。泣けるときに泣かないとね」

★やさしいね。うれしいよ。


「おかあさんがやさしいんだよ」

★・・・・・・・・・・・・・・言葉がみつからない


「おかあさんだいすき・・」

背中をなでるこども・・・★ありがとう★

心震えるコミュニケション・・・・

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■ご両親のどちらかを亡くされた方へ

2008/12/05 22:14



大切な父親 大切な母親を亡くされた方が多いことがコメントを読んでいて解りました


しばらくはご自分を責めてしまうこともあるでしょうし


存在しないことが受け入れられなかったりするでしょう


私も14年前に母親を亡くし、その度合いは違えど気持ちは痛いほど解ります


もう少し親孝行しておけば良かった

いなくなって初めてそう思うのです


やるせなさが、切なさが、悲しみが深いほど、矛先は自分を痛めつける方向に向かい自分を責めてしまいます

けれど生きているうちは例え親孝行を充分にしていても、亡くなったあとはどうしても後悔してしまうのです


親が亡くなったのは誰のせいでもない

ご自身がご自分で人生の幕を閉じられたのだと思うのです

それが本人の意志でなかったとしても…

生きているうちは我が子を想い、愛し、大事に大切にしていたのだと思うのです

親子だから思い切りケンカしあえる
親子だから気持ちを伝えられなくて抵抗する
親子だから恨むことが出来る

無条件に甘えられる存在だから

恨むことも腹が立つことも愛がなせる技なんです

そこに愛があるから……

だからどうかご自分を責めて苦しんでいるかたがいましたら

もう自分を許してあげて下さい

例えケンカしたまま逝ってたとしても我が子を恨んでなんかいません

愛しています

今のままの自分でいいんです

今ある命 どんな形にしても今ここにこうして存在していてくれてありがとう

こうやってこのトビで繋がれた★だからありがとう

あなたと今ここにこうやって存在していることに感謝します
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インスパイヤーされる

2008/12/05 16:31



人とのつながりは ご縁ですね

一人、また一人疎遠になる人もいれば 出会いも増えて繋がっていく

こんなとき 母と言う存在の大きさに気づく

ただ存在してくれるだけで どんなに心強いことか

そんな寂しいときには 天国の母に手を合わせる

ここにこうやって私を存在させてくれたのはあなたです

感謝しています ありがとうって


お母さん あなたがどんな想いで私を育ててくれていたのか解ってきています

私が人の素晴らしさを感じることが出来るのは あなたが素晴らしかったから

私が人の努力している姿に感動するのは あなたが努力している人だったから

私が人の優しさにほっとするのは あなたが優しかったから

私が人の勤勉さに感銘を受けるのは あなたが勤勉だったから

私が人の愛を十分感じることが出来るのは あなたから沢山の愛をもらったから


何ももらっていなかったら 私は それらのものを感じたり反応したりしなかったでしょう

あなたからもらったものの大きさに最近気づくことが多いです

男性に見守られることを信じることが出来るのは お父さんから貰った生きるうえでの財産です


今私は 沢山の人と出会い 素敵な人脈を繋げて行っています

いろんな方との出会いから気づきがあり、インスパイやーされ、感動し

人としての幅を広げて行っています


けれど 私は気づきが起きるたびに お母さん あなたから貰っているものの大きさが解ります

そして父の大きな愛に包まれているのを実感します


私を一番インスパイヤーしてくれているのは 天国にいるお母さん あなたです


ありがとう 感謝しています


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喘息の薬の副作用

2008/12/05 16:21




新年に入って1/12から咳が出始め

苦しくなっても熱も鼻水も出ないからと病院に行きませんでした

「母子家庭だから医療費はタダだし病院に行った方がいいよ」と友人達は心配してくれていました

だんだん咳が止まらなくなって胸が苦しくて苦しくて胸に杭が刺さったような痛さで
耐えられなくなって病院に行きました

私の中で【何が起きてるの?】呼吸が苦しくて体にこんな風に現れてるのは何かの【サイン】

それは解っているのに いろいろ考えるけどそれがいったい何なのか解らない
それでも自分の中を見続ける


苦しくて胸のあたりを子供にヒーリングしてもらった 少し痛みが消えてしばらくは寝ていられる
けど夜中に咳とともに痛みが復活する

【このまま死んでしまうの?】大げさだけど本当に夜狂うほどに苦しい
夜中に熱いお風呂に入って痛みを和らげる、そして少し寝付くけどまた咳がでて胸が痛む

【どうしたら治るの?】薬を飲んでみた

日に日に胸の痛みは薄らいでいくのと同時に薬の説明書に副作用として
【手足の振るえと手足の冷え】と書いてあったとおり

もともと起立性低血圧という症状を持っているためか
冷えて血管に圧がかかり背中から腰そして足全体に激痛が走り
立つ事も歩く事も辛くて引きずるように歩いていた

デトックスしなくてはと・・・

岡崎の上地にある【ひのき酵素風呂】で大量の汗を流し、毒素を排出して体が楽になったところで
ちゃんと自分自身と向き合わないといけないと真剣に向き合いました

お金の件でトラブルがあって私にではないのですが友人が脅されていろいろ大変なことがありました

その現実を引き寄せたのは誰でしょうか?そうです私なのです

私だけが原因ではありませんが

関わっていた人たち全員の潜在意識が創りだした現実(出来事)です
マイナスの思い込み(潜在意識)が引き寄せ合い

関わっていた人の集合意識がこの出来事に発展したことなのです

なぜその現実が起きたのか???

脅迫、脅し・・・なぜそんなことに関わっていくのか

【答えは】
私は今回こんなに喘息で苦しんでいたのは・・・・
長年どうしても解決したくて、それでも解決できなくて苦しんでいたことでした

それは・・・
子供に対してずっと小さな脅迫、大きな脅しをしていたのです

体調が悪くて辛いときに子供に洗濯を頼んだらやりたくないと突っぱねた時

「休みに連れて行って欲しいと頼み事を聞いてあげてるのに
 お母さんの頼みは聞いてくれないなら、もうどこにも連れて行かない」とか

「お母さんはこんなに頑張ってるのに、お手伝いも出来ないならもう出てって」など
宿題やらないでTVばっかり見ていると

「朝、宿題やるなら、約束違反だからもう知らない・・
 朝も起こさないから遅刻してもしらないから」

「TVばっかりだらだら見てるなら・・・ずっとずっと見てれば・・
 もう何も望まないから、そのまま成績さがってもお母さんは知らないから」

遅くまで起きていると
「いつまで起きてるの?朝起きれなくても知らないから」けっこう酷い事言ってました

毎日でも小さな脅しのオンパレード こんなのでは心のゆとりなんて程遠いですよね

子供の行動に反応してついつい脅してしまうのは、自分の都合の良いようにコントロールするため・・・

洗濯してくれないと困るのは私・・・(別に明日にまわして今日しなくてもいいのに)
子供を使って自分の都合の良いようにしたいから脅す。。。

宿題やらなくて朝あわててやるとイライラして怒っている息子とぶつかりたくないから
自分の都合で夜のうちにやるようにコントロールしたいから脅す。。。

夜12時すぎまで起きてる息子に・・・
朝ちゃんと早く起きれないで朝ごはんを食べないで行く事があると
時々低血糖で学校で頭が痛くなって家に帰ってくると寝込むことがあるから
そんな息子を見たくなくて夜早く寝るようにコントロールするために脅す。。。

脅すって言っても小さな脅しが多い
大きなものももちろんあるけど・・・

それが自分の中ではすごい罪悪感となって自分を責めていた(無意識に)
子供を怒っている自分が嫌だった

やっとやっとそこを見ることが出来た
まさか自分が脅迫や脅しをしているなんて認めたくないですよね

自分が毎日毎日小さくても大きくても子供を脅しているから
そんな自分が嫌だから(それを脅しを悪いと思っているから)←罪悪感

周りの人が脅迫や脅しをする事も悪いと思ってしまうから【怒り】や【恐れ】がうまれてしまう

今回やっと自分がしていることを見つめる事が出来た
そうしたら喘息が消えました すーっと消えていきました

母親が亡くなった時にも突発性喘息が起きました
母親が亡くなったのは自分にも責任があると・・・(勝手に)思ってしまった
その罪悪感から・・・

体はものすごく苦しくて耐えられないほどだったけど
今回のことが無ければ自分を見返ることは出来なかったと思うと

いい経験をしたのだと・・・そう思えます
こころも体も楽になりました。。。

大切な子供達ですもの・・・気付いて良かった・・・★
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全ての答えは自分の中に

2008/12/05 16:11



こころの底から叫びたい想い 誰だってあるよね

★淋しい ★悲しい ★ひとりぼっち 孤独


いつの頃からだろう・・・自分らしくなくなって来たのは

いつの頃からだろう・・・虚勢を張ってしまったのは


「淋しい」って素直に言えばいいのに言えなかった

「悲しい」って言ったら自分が崩れちゃうって思ってた

「辛い」って言ったら弱音はいてるみたいで言えなかった

「ひとりぼっち」頼れなくて孤独になってた


どれもこれも自分から距離を置いていた

「愛されたい」 「淋しい」 「そばにいて・・・」 それが言えなかった・・・


本当に言いたかったのは母に対して。。。幼い頃 母に甘えられなかった


小さな妹が喘息気味で病院に行く時

母は自転車に温かい格好をさせた妹を後ろに乗せて向かった

暗い中・・私はシーンと静まった家にたった一人で待ち続けた


泣くのをこらえ寝ずに待っていた

この状況でわがままなど言えない事を本能的に知っていた


妹が帰ってきたら飲み物が欲しいかもしれないと

コタツの上にレンジで温めたミルクを置いておいた


ミルクは冷たくなっていたけど飲もうとして妹が

コタツ布団にこぼした瞬間

私の頭から激痛が走った・・母の逆鱗に触れてしまったようだ

頭をたたかれたショックより淋しさが悲しさが私を襲った

母は疲れていたのだろうと今思えば理解は出来る

当時の私はただ母に褒められたくて・・

母に振り向いて欲しくてしたことが

裏目に出てしまった


何度かそんなようなことを繰り返して

母親から遠ざかっていったのは私だった


ただ「愛されたかっただけ」

過去に「愛されたい」ということから逃げていた

過去に「淋しい」って言えない私がいた

相手に愛してと要求するより、自分で自分を愛すること、自分で自分を満たすことが大事ですね
 


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今・・凛として咲き輝く

2008/12/05 15:23



画像



心の中に咲く華は時にはあざやかで  

けれど時にはしぼんでしまう


心が潤わずに枯れはててしまう時と  

どんどん湧き出して芽が出てくる時がある


吹けば飛ばされそうな花 

必死で伸びていくけなげな花  

しなやかに美しく咲く花 

どんな逆境にも屈しない花

何の抵抗もなくまっすぐに伸びて進んでいく花


どの花もいつかはキレイに散っていく 潔く大胆に・・・そして美しく


どのプロセスも愛が溢れている

決していらないものなど無く

静かに時を終え


また再び芽を出す

今・・その時を刻むために・・・

過去・・未来・・などではなく

今・・凛として咲き輝く


****************************

キレイに散っていく.....

花びらが散っていくように・・

制限を潔く手放して

自分らしく輝きたい★

今より「もっと」私らしく輝きたい

ありのままの自分を感じたい

ありのままだと思っていたけど

あっまだまだだ・・と感じる一日でした・・・★

2006/10/30 mixiの日記に掲載
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


。o0*愛すること*0o。

2008/12/05 15:19



ふと目にとまって読んでるうちに涙が溢れた その文を貼り付けます・・・★

。o0*愛すること*0o。

愛することって どんなことだと思う?
僕は母親が子供を思う
気持ちであり 行為だと思う
これが一番わかりやすいね

そして僕は愛されて育った 愛されて育った
愛されて育ったことを 知っている
あなたが愛することを教えてくれた
あなたが愛の意味を教えてくれた

人は皆 愛されることを望むけれど
それは楽だからね
愛することって とっても大変
見返りを待つことを愛とは呼ばない

愛することって どんなことだと思う?
相手の幸福を 心から思うこと
その為の努力は 決して惜しまないこと
愛することって 野性に返ること

そして僕は誰かを
愛することが できるかな?
大好きなあなたを 愛することができる
自分を愛することができる

あなたが愛することを教えてくれた
あなたが愛の意味を教えてくれた

by HAGGY


シングルマザーの私にとって・・・・とても嬉しい言葉が並んでる

ありがとう。ありがとう。ありがとう。

その言葉しか浮かばない

無条件になんの見返りも無く・・・そのまま。ありのまま愛してる

少しいらだったり、少し大げさに喜んで、少し寂しかったりするけど

まるごと全部愛してるんだから


2006/11/02 mixiにて日記に掲載
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